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精霊は恋をするⅡ

―ドライアド レイヴンの森 数百年前―

 男の名は、アレス。王に従える使用人らしい。そんな王の命令で、このレイヴンの森にカラスが潜んでいないか確認しに来たのだという。しかし、探している内に迷ってしまったのだそうだ。


「あ~どれくらい、ここで過ごしたんだろう? もうお腹が空いて空いて……人肌も恋しくてねぇ。寂しくて寂しくてたまらなかったんだ。だから、君を見つけた時、本当に嬉しかったんだ。ようやく話せる人に出会えて……ねぇ、君ならここからの出方分かる?」


 アレスは、人間でない私に恐れる様子もなく問いかける。屈託のない笑み、人間がこんな表情をすることが出来るのを初めて知った。


(これが人間の笑顔……はっ! 何故、私は普通にこの男の身の上話を聞いているんだ?)


 自分で自分が分からない。まるで、自分の行動を制御しているのが他の誰かであるみたいだ。でも、彼と話をすると決めたのは他の誰でもなく私。自分自身が望んで行ったこと。追い出すことも、殺すことも出来た。なのに、私はそれをしなかった。

 それどころか――この男が迷い込んできたことを歓迎していた。表情に出すまいとはしていたが、男の笑顔に釣られそうになっている自分がいた。


「――ねぇ、聞いてる?」


 自身の違和感に気付き葛藤していると、アレスは怪訝そうな表情で顔を覗き込んできた。


「え、あ、あぁ……」

「嘘だ。ちょっと目が泳いだよ。フフフ、精霊であっても反応はそう人間と変わらないね。可愛かった」

「か、可愛いっ!?」


 生まれて初めて投げかけられた言葉だった。それが褒め言葉であることは知っていた。

 精霊である私は、本来肉体というものを持たない。このように対話を直接的に行う必要がある者に対してだけ、人の姿を取る。だから、この姿にこだわりなどはなかった。大した意識もなく、私はこの姿を選んでいた。


「あれ、照れてる?」

「照れてなどいない! からかうな、人間の分際でっ!」


 体が熱かった。火炙りをされているみたいだった。気持ちが悪い、私は一体どうなってしまったのだろう。この男を人目みた瞬間から、何もかもがおかしい。


「ごめんごめん、つい。で、ここから出る方法知ってる?」


 アレスは、再びその質問を投げかけた。二度目のその問いに、私の心は少し曇った。彼は帰りたいのだ、外はあんなにも争いで溢れているのに。


(やはり、私だけなのか……こんな複雑な気持ちになっているのは。私だけが、もっとアレスと話していたいと思っているのか)


 気持ちは共通するものではないことを理解した。真逆な思いを抱くことも分かった。けれど、一つだけ理解出来ないことがあった。


「アレス……外は争いに溢れているではないか。何故、それでもここから出ようとする? 王の命令など忘れて……ここにいることも一つの選択肢ではないか。私はお前が気に入った。私の中にある人間のイメージとは違う。新鮮だ。もっとお前を観察していたい。人間にとって、必要な栄養はこの森にあるもので用意出来る。どうだ……?」


 可能な限りの提案だった。どうか首を縦に振って欲しい、そう切に願っていた。

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