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精霊は恋をする

―ドライアド レイヴンの森 数百年前―

 小鳥のさえずり、穏やかな風に揺らされ優しい音を立てる木の葉、芳しい花の香り――当たり前にある、私の日常の一部。そして、時折聞こえる森の外からの戦争による破壊音。最近、私の日常の一部になった音。もはや、それにも慣れていた。

 しかし、ここレイヴンの森自体は、周りの戦火に巻き込まれることなく、時がとまってしまっているかの如く穏やかだった。


(カラスと人間の戦争が始まって……辺りの風景は変わってしまったと聞く。だが、ここだけは奇妙なほど変わらない。やはり、あのお方の力があるからか……?)


 レイヴンの森は範囲が広大で入り組んでいる為、下手に動き回ると迷子になってしまう。故に、迷いの森との異名を人間をつけて恐れているらしい。私のいる場所は、そのレイヴンの森の奥の少し開けた所にある。

 そんな所に生き、神樹を守り続けている私達以外に誰かが辿り着けることもないだろう。きっと、辿り着く前に死んでしまう。ごくまれに、真っ黒に焼けた何かが落ちてくるくらいのものだから。今、この大地を支配している人間の姿など、ここでは見たことがない。これからも見ることはない――そう思っていた。


(野蛮な存在も跳ね除けるのか?)


「――やれやれ、参ってしまうなぁ」


 心臓がとまってしまったのではないかと思った。永い時の中で、こんな場所に生きた人間が来ることなんてなかったのだ。何の前触れもなく、草を掻き分けて金髪の男が現れ驚いた。男は、鬱陶しそうに肩についた葉を払いながらぼやいた。


「ようやく出口かと思ったのに、まだ森の中か。仕方ない、ここらで一休みしよう。無駄に歩き回っても、疲れてしまうだけだ」


 やたら大きな独り言。迷った人間とは思えない口ぶり。これ見よがしに髪をなびかせながら、神樹の前に座り込んだ。


(何故、人間がこんな所に?)


 私は樹の中から、こっそりとその男を見つめる。短く切った金髪が僅かな陽の光に反応して輝き、綺麗だと自然に感じた。そして、風に吹かれて揺れるその髪に触れてみたいと思ってしまった。


「それにしても、この森にこんな場所があるなんてなぁ。信じられないくらい鮮やかな緑だ。今時、こんなものが見られるなんて。ついてるねぇ、俺」

「……人間よ。こんな所で何をしている。ここは、お前が一休みするような場所でないぞ」

 

 私は意を決して、樹から飛び出した。宙を舞い、男を眺めながら地面に着地した。男は私を見ると、驚くどころか満面の笑みを浮かべて立ち上がった。まるで、私の登場を待ちわびていたかのように。


「驚かないのか?」

「嗚呼、嗚呼! 美しいな! もしかして、君がこのレイヴンの森にある太平の神樹を守護する眷属か?」


 あまりの男の気迫に飲まれ、私は思わず頷いてしまった。すると、男は私の手を握って言った。


「なんて日だ! まさに、運命だ……」


 あまりに一方的で、自己中心的な会話の広げ方。なのに……それなのに、男の手の温もりにもっと包まれていたいと思った。その思いの芽生えこそが、これから先、自分自身を苦しめる呪いになるとも知らずに。

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