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変な奴

―クロエ 回想―

 その出会いは、ある日突然訪れた。


「今日から、皆の家族になる子よ。さあ、自己紹介して」


 布切れ一枚まとっただけのような格好をした少女は、イザベラに促され、消え入るような声で言った。


「アシュレイ……」


 名前以外、アシュレイは言葉を発さなかった。目には見えないけれど、確かに大きな壁が私達と彼女の間にはあった。でも、それは初めてのことではなかった。よくあることだった。人間達に虐げられ、大切なものを奪われた者達がここに来るのだから当然だ。

 だから、私達はアシュレイに積極的に話しかけた。しかし、どれだけ話しかけても応答はなかった。私達が触れようとすると、野生の動物のように拒絶した。そして、基本的にアシュレイは一人を好んだ。ごく稀に、イザベラと自室で本を広げて何かをしているのを見るくらい。

 それは一年経っても変わらなかった。次第に、私も皆も関わるのを諦めた。どうしていいのか分からなかったのだ。その様子を見かねたのか、ボスが私達を呼び出してアシュレイの過去を少しだけ教えてくれた。


「アシュレイはね、人間達に奴隷として育てられたんだ。生き物としての扱いを受けたことがない。幼い頃から、物心ついた頃には……彼女は既に奴隷だった。だからね、彼女が皆を拒絶してしまうのは無理もないことなんだよ。うん……理解してあげて欲しい。彼女を受け入れてあげて欲しい」


 それを聞いて、衝撃を受けた。私達には愛する人が一時でもいたけれど、アシュレイはそうではなかった。心のよりどころすらなかったのだ。


(アシュレイ、今度こそ友達になれるかな?)


 私は、もう一度話しかけてみようと意を決した。けれど、その覚悟を持ってアシュレイの部屋に行った時には不在だった。


(あれ、一体どこに行ったんだろう?)


 アシュレイは、基本的に部屋にいることを把握していた。いつも、一人かイザベラと共にで熱心に本を広げている。難しげな本だ。私が部屋から覗いても、無視しているのか、集中しているのか一切反応はなかった。ヴィンスが推測するに、文字の勉強をしているのではないかとのことだった。


(珍しいな、この時間は絶対に……ん?)


 部屋のドアから中を覗いていると、足音が聞こえた。誰だろうと見てみると、そこには古めかしい分厚い本を抱えたアシュレイがいた。


「ア、アシュレイ?」


 何やら、様子が変だった。本を抱えて、不敵に微笑んでいる。初めて見たアシュレイの笑顔。意味不明な笑みに、気味の悪さを感じた。


「嗚呼、ようやく知り合いに出会えた。いつもは君は、この時間に私を見ていたね。そうだ、この機会に言っておこう。私は奴隷なんかじゃなかった。ただの……普通の……カラスだったんだ。ねぇ、レディ。君の信じているものは、君の立場は、本当に君のものなのかい? 私はただ、それが……疑わしい」


 まるで、別人のようだった。立ち振る舞いや仕草は、かつての弱々しさや拒絶は一切感じさせなかった。堂々とした雰囲気、突然の変化に私は言葉を発せなかった。


「フフ……くだらない、本当にくだらないよ。何が悪だ、何が正義だ。それを分けるものなんて、何一つ存在しないじゃないか……何の為に、ここはある?」


 意味深長なことをアシュレイは言うと、私の頭を撫で、部屋に戻っていった。意味不明で理解不能、その瞬間、私の中でアシュレイのイメージは変わった。

 そして、その日からアシュレイも変わった。それが素なのか、演技なのか――誰にも分からないまま、ただ悪戯に日は過ぎていった。

***

―アーリヤの邸宅 昼―

 アシュレイさんが消えていった廊下を見つめながら、クロエはどこか寂しそうな目をしていた。そして、聞き取れるギリギリの声で彼女は言った。


「変な奴……」

 

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