姫との別れ
―アシュレイ コットニー地区付近 朝―
あの日、美月姫は選択した。私と共に行動することを。あの鳥族を放っておいてでも、彼女は行動を起こしたかったということだ。
「――ここ、どこ?」
「ここはコットニー地区と呼ばれる場所だよ」
高貴な王族である彼女なら、本来絶対に近付かない場所だろう。質も悪くて、柄も悪い連中ばかりで、空気も悪い。でも、そんな糞まみれの中に咲く綺麗な一厘の花がある。私はこれから、その美しい花に会いに行く。
「で……どうして、ここに私が来る必要があるの。無駄にコソコソ行動してるし、ここが目的地ならかなり時間かけ過ぎ」
彼女は、冷ややかな目で私を見る。
「ここにいれば、美月姫が会いたい人に会えるからね。少なくとも、自力で探すよりは早く。ただ、一つまたここで選択して貰わないといけない」
私はある程度、王の予測を聞いて行動している。王の予測は外れない。今の所、予測通りに事は進んでいる。だからこそ、ほとんど彼女に聞かなくても分かり切ったような行動が取れるのだ。
しかし、それはメリットである反面、デメリットでもある。行動のしやすさとしにくさの両方の特性があり、私の行動は王にとって既に予測の範囲内なのではないかと思ってしまう。
そこは分からない。もし、分かる時が来たとしたら――それは処分されるその時だろう。
「……は?」
彼女は、私を睨みつける。刺すような視線だ。彼女にとって、中々ないものなのではないだろうか。心を見透かされているような感覚は。
「私はこれからこの地区に入る。そこには今すぐにでも会いたくて、私の最も愛おしくて大切で守りたくて傍にいたいレディがいる。そこで、美月姫に問いたい。ここにいれば、いずれ美月姫の会いたい人に会える。だけど、まずはその会いたい人を待つ方法を考えなくてはいけないんだ」
「何をどこまで知っているの、あんたは」
彼女は、睨みつけたまま私に迫る。
「何からどこまでも知っている……とは言えないけども。ま、その辺は些細なものじゃないかい? で、どうする?」
「どうするって言われても困る」
「あ、そうか。まずは選択肢を言わないとね。一つ目は、私と一緒に中に入る。二つ目は、私とはここで別れてここで待つ。前者は身の安全を保障出来るけど、後者は出来ない。さて、どっちがいい?」
「そういうことじゃないし。ていうか、どっちがいい? って言われても……」
彼女は目を瞑り、真剣に考え込む。
ここから先は予測の範囲外。特別な才能がない私には、彼女の心を見通した上で起こる出来事を予測することが到底出来ない。
(最も愛おしいレディはこの世でただ一人……だけど、もしも彼女もいてくれたらどれだけ幸せだろう。レディはどれだけいても困らないものだから)
そして、しばらくの沈黙の後、彼女は口と目を開いた。
「ここで待つ。以上」
「そう。そうか、残念だよ。じゃあ、ここでお別れか。もう、私は美月姫を守ってあげられないからね。何かあっても知らないよ」
「別にいい。自分の身くらい自分で守れる。ていうか、あんたと一緒にこれ以上にいるのは苦痛」
「うん……分かった。じゃあね、少しの間だったけど楽しかった。今度また会えたら……一緒にワルツでも踊らない?」
「結構」
「だよね~……ハハッ、じゃあ元気でね。美月姫」
私が軽く手を振っても、彼女は返してはくれなかった。まぁ、返してくれるなどとは思っていなかったけれど。
(美月姫を振り向かせることが出来たならなぁ……実力不足かな)
心残りを感じながらも、私は彼女と別れ、一人コットニー地区へと足を踏み入れた。




