もしも私が
―ジェシー 学校 早朝―
「――もうやめて……私はこんな……」
メアリーの絞り出すような声に、俺はハッと我に返った。踏みつけているタミは、もはや虫の息だった。まだ、死んでいないことに気味の悪さを覚えたが、これ以上痛めつけることに意味はないだろう。
「すまん。やり過ぎた……」
俺は足を降ろし、座り込んで震えるメアリーの下に駆け寄った。
「彼は死んで……こんなの……」
それなりの覚悟を持って欲しいということは伝えたはずだ。当然、死を見ることになるだろうとも。けれども、目の前で起こったことは彼女の想像を遥かに超えてしまったのかもしれない。加えて、悩みの傷口を抉られた。一気に複数のショックを与えられてしまったのだから。
「こうせざるを得ないんだ。分かって欲しい。一度、アーリヤの毒牙に堕ちた者は……そう簡単には救い出せねぇんだよ。それに、これはまだまだ序章だ。アーリヤ本体を抹殺しなけりゃ、お前らが永遠に脅威にさらされ続けるだけだ」
「分かってる、分かってるけど……でも、あんな死に方……」
彼女の目からは、大粒の涙が溢れていた。生意気で嫌いな相手の死に際で涙を流せるなんて、なんて不思議なのだろう。嫌いな相手が死んだら、大抵の人間は笑うものだと認識していたのに。嫌いな相手の為に、どうして涙を流せるのか。
「何故、涙を流す? あいつは最低野郎だろ。どんな理由があっても、お前達を傷付けたことに変わりはないはずだ」
「彼だって、生きてるから……確かに嫌な人だったけど。その、アーリヤ……って人にさえ出会わなければ、彼もあんなことにはならなかったんじゃ? そう思うと、ただ悲しくて。もしかしたら、私だってその人に出会ってしまっていたら……教授に私が殺されていたんじゃないかって、皆に狙われていたんじゃないかって……思ってきて。彼は笑って、平然と人を傷付けるようなことばかり言ってきたけど……私だって――」
「もういい。分かった」
気が付いたら、俺は彼女を抱き締めていた。こんな姿、他の誰かに見られていたら――特にジョンに見られていたらどうなることやら。幸い、遠くに吹き飛ばされて意識を失っているようなので、とりあえずこのままでいいと思う。
また、一つ俺は学んだ。長い命の中で、初めて知る人間の感情だった。
「教授?」
「怖い思いをさせてすまなかった。お前は優しいな。そんな奴の立場になって考えられるなんて」
「……優しくない。優しかったら、彼の言葉なんかにこんな気持ちになることもなかった」
「そんなことはない。ただ、一つケチをつけるなら、もっと早く俺を呼ぶべきだ――っ!?」
刹那、世界が真っ白になった。と共に、大きな爆発音。その爆発の衝撃のどさくさに紛れて、メアリーと引き裂かれていく感覚を覚えた。




