絶望を希望に
―学校 早朝―
――こんなはずじゃなかった。もっとうまく立ち回れたはず。どこでどう間違えた? この状況で、どうすればチャンスを掴める?
体は動かず、視界はほぼ霞んで見えない。踏みつけられている感覚はない、ジェシー教授は、メアリー先輩の方に行ってしまったようだ。だが、一度味わった激痛はそう簡単には消えてはくれない。継続的にじんわりと僕を襲い続けてくる。
(このままじゃ……駄目だ。駄目だ駄目だ駄目だ駄目だっ!)
分かっている、なのに体が言うことを聞いてくれない。今こそが、僕に注意をそんなに向けていない彼に反撃する絶好のチャンスなのに。目の前に吊り下げられているというのに、不甲斐ないばかりに僕は行動を起こせない。
(結局、また僕は――)
『やれやれ、無様も無様。王家の名が廃るな』
いつの間にか絶望に打ちひしがれる僕の目前には、この世界で最も憎む人物――十六夜 綴の姿があった。ぼんやりとする視界の中で、そいつの姿だけはくっきりと鮮明に見えた。
「な……んで……?」
これは夢ではないはずだ。だって、こんなにも痛みを感じるのだから。だとすれば、これは幻覚だろうか。何故、こんな場所でこの状況でこんな奴の姿を――。
『なんで? 情けない上に、哀れで無様で醜いお前の姿を見て滑稽に思ったから手を貸してやろうと思ってな。お前は力の使い方ってものを、何一つ理解していないようだ。だから、あんな――成り下がり半端者にやられるんだ』
十六夜は、僕を見下しながら不敵な笑みを浮かべる。
『今や、この世界はお前を基準にしているというのに……お前がちゃんと力を使いこなすことが出来れば、あんな半端者、触れずとも消せる。お前にはあまり見えていないだろうが、あの男……お前に背を向けているぞ。しかも、女を抱き締めている。まるで、創作物のラストシーンのようだ。ま、多少盛り上がりには欠けるな。なんてたって、敵が瞬殺されてる訳だから』
やれやれと首を横に振りながら、その場にしゃがみ込み、僕の顔を覗き込む。
『そんなのでいいのか? 情けないとは思わないのか? 一方的に縁を切ったとはいえ……仮にも宝生 颯の実の息子だろう? こんな所で、不意打ち喰らって意識失って……また中途半端に挫折するのか?』
「い、や……だ」
嫌に決まってる。だが、どうしても体が動いてくれない。意志もチャンスも、そこにあるのに肝心の体がすっかり冷えて感覚すらなく動かせない。
『だよな? だが、残酷な現実はそう簡単には変えられない。お前は体すら動かせないという、哀れな状況だ。全てにおいて絶望的。だからこそ、私ならお前の力を適切に扱える。まぁ、僅かな時間しかないが……それでも十分だ。目の前にあるチャンスも得て、絶望を希望に変えてやろう。無論、それなりの報酬は頂くがな。それまで、夢の世界で眠っているがいい――」
十六夜はそう言いながら、僕に向かって手を伸ばした。




