ぽっかりと空いた穴
―学校 早朝―
口に血の味が広がっていく。そして、自然と溢れる血は僕の口から零れ落ちていく。まるで、滝のように。
「あ……あ……」
「貫いてみた、ってな」
下の方でグチャリと嫌な音がした。恐る恐る目線を下に向けてみると、僕の腹部からは、真っ赤に染まった手が覗いていた。これは――ジェシー教授の手だ。僕を馬鹿にするかのように、こちらに向かって手を振っていた。手を動かす度、グチャリグチャリと音がする。内臓や筋肉、血が掻き回されていく音であることを、この時に認識した。
「き……さ、ま……」
「いい音色だろ? この音、お前から出てんだぜ」
「う、ぅううっあ!」
僕は叫びながら、前に走りジェシー教授の手を引き抜いた。
「っと!?」
このままでは、僕は気絶してしまう。命を失うことはなくても、ここで意識を失ってしまっては――元も子もない。絶対に駄目だ。絶対にアーリヤ様の所へ帰らなくては。あの二人の心に、毒を植え付けることは出来たはず。それに、今のこの状態でジェシー教授に敵うはずもない。逃げるべきだ。
(駄目だ……体が重過ぎる……魔力が……)
息が苦しい、目の前の景色が霞んでよく見えない。それに、体から魔力が抜けていく。立つことも歩くことも叶わず、僕は崩れ落ちる。逃げることすら叶わない。
「しぶといねぇ。とても人間とは思えねぇな」
「だ、まれ……」
「俺、知ってるぜ。そういうしぶとい奴らの殺し方とか……さ」
「は……?」
何を言っているのだろう、この人は。僕は死なない。死ねない。呪われたこの身では、どれだけ死が近くにあっても、それに届くことはない。それだけは間違いないのだ。教授は、僕を揺すろうとしているのだろうか。
「ちょいと昔に、お前みたいな奴らが結構いてよ。しかも、害しか撒き散らさねえ。まぁ、そういう風になるように仕組まれてたからしょうがねぇんだけど。忌まわしき技術とかって言われてたっけな。もうそうなったら、マジでどうしようもねぇんだよな。まさに、不幸と絶望と憎悪を撒き散らす爆弾だった。その爆弾が、爆発する前に壊すしかねぇ。最小限の犠牲で済ませるしか……ねぇんだよな」
彼はどこか悲しそうな声でそう言うと、僕の血で真っ赤に染まった手を見つめる。
(忌まわしき技術だと……)
その話は聞いたことがある。だが、それはちょいと昔どころのことではなかったはず。相当昔、大昔の話であったと――。
「お前の爆弾は……特に質が悪い奴から作られた上に、独特の組み換えがされてる。しかも、アーリヤの力まで混ざって……残念だぜ。折角の逸材だったのに。お前の苦しみに、もっと早く気付いてやれてれば……あんな奴に救いを感じることもなかっただろうによ」
(あんな奴? アーリヤ様のことを……あんな?)
もう、ほとんど彼に気付かれているようだった。けど、それはどうでも良くなるくらい――その言動に怒りを覚えた。僕に真の居場所を与えてくれたアーリヤ様を、見下すような発言。許せない。
「お前をこのままにする訳にはいかない。生きるも死ぬも地獄だが、前者はこの世界の太平の礎を壊す。悪く思うな……」
しかし、僕はその怒りをこの身で表現することは出来ない。体が鉛のように重く、自由に動かせない。奥底から体が冷えていく、魔力も僕の体から出て行っている。
そんな状況だからだろう。ジェシー教授は、既に自身の勝利を確信しているようだった。でも、その確信は油断だ。
(このまま……ここで眠る訳にはいかない! 今、この人は油断してる……勝機はないけど、チャンスならある。何もしなければ、ただ衰弱してしまうだけ。意味のある衰弱を、ここで為さなければ!)
元々緑色だったことが分からなくなるくらい、草は赤く染まっている。滑稽だ、こんなことになっても僕は死ねないなんて。体から血液が全てなくなっても、僕は生き続けることが出来てしまうなんて。
「お前のやったことは、あまりに罪深い。俺の大切な学生に手を出したこと、傷付けたこと……許さねぇ」
(僕だって、一応ここの学生なんだけど……もう、そう思われてないってことか。まぁ、別に僕にはアーリヤ様がいるからどうだっていいか)
「その罪背負って、痛みに悶えながら死ね」
彼はそう言って、僕の腹部にぽっかり空いた穴を踏みつけた。
「あ゛あ゛ア゛ア゛ア゛ク゛ッ゛!?」




