気配
―学校 早朝―
「――っ!?」
彼女は目を見開き、硬直した。まさか――この僕に、唇を奪われるとは予想だにしていなかったと言わんばかりの表情だ。
そして、感じた。僕に向けられた殺意が背後で増大していくのを。僕の計画通りに――。
「嫌ッ!」
一分程度経って、彼女はようやく我に返ったようで僕を押し倒した。
「……フフ。隙だらけですよ」
それと同時に、背後から殺意の波動が迫って来るのを感じた。
(容易い)
僕は背後に手を向けて、その殺意の根源を魔法で吹き飛ばした。気配を隠す術を、彼は学ばなかったのだろうか。冷静でないから、気配を隠すことすら忘れてしまったのだろうか。どちらにしても、それは己の未熟さの証明だ。
「ぐはっ!?」
「ジョンっ!?」
無様にも、彼は呆気なく地面に倒れ伏す。僕は立ち上がり、地面に伏せた彼を見下ろした。
「どうしたんですか? 先輩。そんな所で寝てたら、馬鹿みたいですよ」
「……許しません、お前だけは!」
「何がどう許せないんです?」
「メアリーに気安く触れたことですよっ、馬鹿者がっ!」
彼は飛び上がりながら、僕を蹴飛ばそうとした。しかし、その感情に身を任せたままの行動など見え透いている。僕は、彼の足を掴んだ。
「っ!?」
「――どうして、恋人でもない先輩がそんなに怒るんですか?」
僕がそう問うと、彼は分かりやすく一度身を震わせた。彼の足を掴んでいるから、より彼の感情が僕にも伝わってくる。
「それは……と、友達だから……」
ジョン先輩の消え入るような自信のない声。本心からのものではない。自身の気持ちを誤魔化す為の言葉。
「友……達……」
それを聞いて、メアリー先輩は悲しそうな声を漏らした。
「フフ……そうですか。お友達だからですか。そうですね、お友達であるその人を大切に思うことは間違いではありません、ねっ!」
そして、僕は彼を投げ飛ばした。抵抗はなかった。いや、恐らく抵抗するほど心に余裕がなかったのだと思う。まるで、手りゅう弾のように簡単に飛んでいった。遠くに飛んで行き過ぎて、彼は見えなくなってしまった。
「ジョンっ!」
「貴方はどうなんですか?」
「え……?」
これで、少しは落ち着いて話が出来る。僕には、人の心を弄ぶほどの技量はないが、惑わせることくらいは出来るはずだ。選抜者をアーリヤ様の力の源の一部にするくらいのことは――。
「彼はお友達ですか? それとも……あぁ、でも彼はただのお友達だと思っているみたいですけどね。周りの人間共と一緒。それ以上でもそれ以下でもないみたいです。それでも、貴方にとってあの人は、友達以上の存在であったりするんで――」
「俺の聖域で好き勝手やってんじゃねぇぞ、ゴミクズ野郎が」
一瞬、何が起こったのか分からなかった。僕自身の身に何があったのか、それが分かったのは口から血が溢れ出てきて、背中に激しい痛みを感じてから……背後にジェシー教授がいると認識してからだった。




