番外編 IF聖なる夜に
―アーリヤの邸宅 夜―
「――キング、眠そうですわね。折角のパーティですのに」
クリスマスの夜、僕が夢と現の間を彷徨っていると、ドールが美味しそうに七面鳥を食べながら言った。
「はぁ……」
誰のせいだと思っているのだろう。僕が眠気に襲われているのは、ドールのせいなのに。
クリスマスイブの夜、歌を歌い終わったら吸い込まれるように僕のベットに向かって、そのまま眠ってしまった。揺すっても起きる気配がなく、僕は床に横になって眠るしかなかった。
しかし、硬い床で熟睡出来る訳がない。だから、僕は寝不足なのだ。
加えて、アレンさんに言われて朝からずっと飾りつけや料理の手伝いをさせられた。疲れは回復することなく、蓄積されていった。
「姫君の御前だぞ。場を弁えよ」
ドライアドさんが、ナイフを構えながら僕を睨む。今にも、そのナイフは僕に飛んできそうな勢いであった。お陰で少し目が覚めた。僕にとって命は無限でも、痛い思いはしたくないものだ。
「そうだよ~折角のクリスマスパーティだよ? もっと気分を上げていかないと!」
アレンさんは、赤色のワインが入ったグラスを眺めながら言った。
「フフフ……巽は初めてなのであろう? クリスマスパーティをするのは。急にご馳走や豪華な飾り付けを並べられても分からんというものじゃろう。そうじゃ!」
アーリヤ様は僕に対して優しい笑みを浮かべていたが、何かを思いついたようで唐突に手を一度打った。その閃きの視線は、不機嫌な様子のドライアドさんに向けられた。
それに気付いたドライアドさんは、一転表情を切り替えて首を傾げた。
「ドライアド! 何かクリスマスっぽいことをするのじゃ!」
「……え? クリスマスっぽいこと、ですか?」
突然の無茶振りに、彼女は固まってしまう。それを見たアレンさんは、楽しそうに笑った。
「おお! いいね! 流石アーリヤ様だ! で、ドライアド、どんなクリスマスっぽいことをやってくれるんだい?」
「私も興味ありますわ……」
「そ、そんな。急に言われても、どうすれば良いのか……」
彼女は困った様子で、皆の顔を行ったり来たりする。
「やらぬのか? そうか……わらわは場を盛り上げる、そなたが見たかっただけなのじゃが。まぁ、無理強いはせぬぞ。忘れよ。さて、食事の続きでも――」
アーリヤ様の言葉の途中で、ドライアドさんは机を強く叩いてその場に立った。その瞬間は、食器が大きく揺れて零れ落ちてしまうのではないかと思うほどだった。
「やります! 我が姫君の望み、私めが叶えずして誰が叶えましょう」
「よっ! 待ってました!」
アレンさんは、彼女の決定を煽るように言った。
「しかし、申し訳ございません。私の準備不足故、特別なことは出来そうにもないのです。それなりのクオリティがあるのは、歌くらいでしょうか。ジングルベルでも歌いましょう。ふ~」
彼女は大きくを息を吐いた。その瞬間、アーリヤ様と僕以外の表情が強張った。
「う、歌!? よりにもよって歌!? ちょっと待って、それだけは!」
「悲劇を何度繰り返せば気が済むんですの!?」
「それでは……失礼致します。ドライアドでジングルベル。聖なる夜に感謝を。アーリヤ様に祝福を――」
そして、その数秒後、僕は全てを理解した。ドライアドさんの歌声は、ワインの入ったグラスを割ってしまうくらいに酷いものだったからだ。前日にドールの歌声を聞いていたせいもあって、酷さはより引き立った。
僕の初めてのクリスマスは――全てにおいて無茶苦茶だった。




