今日はいない
―コットニー地区 早朝―
翌日、僕は学校に行く前に母親の言った目印を探し、家を見つけ出した。
(ここか……)
ホーリーロード通り沿いの壊れた像の前にあるボロボロの小屋。この通りにはいくつか同じような小屋があったが、どれがあの親子のものであるかはすぐに分かった。何故なら、小屋の前に昨日赤子が着ていた小さな服が干されていたからだ。
その小屋を覗き込んでみたが、中には誰もいなかった。
「お兄さん、どうしたの?」
僕が佇んでいると、背後から服を引っ張られた。
「ん?」
振り返って見てみると、人差し指を加えたみすぼらしい格好の少女がいた。ついでに周囲を見渡してみたが、不気味なほど静まり返っていた。匂いも、この通りにあるのは僕とこの少女のものだけのようだ。
「お兄さん、何をしているの?」
不思議そうに、恐れる様子もなく少女は小首を傾げる。
(まだ朝四時だぞ? こんな時間に子供一人で……何をしているんだ?)
「ねーねー」
少女はしつこかった。大抵、ここに住む者達は誰に対しても怯えていて話しかけようともしないのに。僕に見下ろされ、無視されていても……挫ける様子もなく話しかけてくる。コットニー地区に染まりきっていないからなのだろうか。そういう奴を何人か知っているが、それとはまた違う感じ。ただ純粋に、一人の人物を見る目をしている。
(まぁ……子供でも何か知っているかもしれないし、聞き出してみるか)
「この家の住人を探している」
「じゅうにん?」
「……この家には誰がいる?」
僕がそう尋ねると、少女は弾けるような笑みで口を開く。
「えっとね! えっとね! あのね! 赤ちゃんと赤ちゃんのお母さんがいるの! 赤ちゃんはね、すっごく小さくてね! 可愛いの! ミー、ほっぺ触ったことあるよ! すっごくね、プニプニしててね気持ちいいんだよ!」
「……そこまでのことは聞いてない」
「それでね、それでねぇ! ミー、いつも赤ちゃんのお世話してるの! でもね、今日は赤ちゃんいなかったの。どこに行っちゃったんだろう? ミー寂しい……」
少女は、僕の聞いていないことまで答えてくれた。その中には、全くいらない情報もあったが、いくつか気になる所があった。
それは、今日あの赤子がいなかった――ということだ。
「昨日はいたのか?」
「分からない。ミー、さっきまでずっとお仕事してたの。いつもはね、赤ちゃんとお母さんいるの。なのにね、今日はねいなかったの……」
(昨日のことは分からない……が、普段であればあの母親も赤子もいるはずなのか。なら、何故、今日はいない?)
「そうか……分かった。私はもう行く、お前がいつまでここにいるのかは分からないが……また来る」
僕はそれだけ言って、ここを後にした。




