調子が狂う
―コットニー地区 夕方―
血の雨が落ち着いた頃には、マフィアは倒れて動かなくなっていた。さっきまで、あんなに叫んでいたというのに。
「おんぎゃー! おんぎゃー!」
しかし、赤子はまだ大声で泣いていた。先ほどよりも、さらに酷くなった気がする。
(……思った以上に血が飛んでしまったせいで、あの子や母親の所にもついてしまったか。それが、この赤子には気になってしまうのか?)
赤子をよく見てみると、所々マフィアの血が付着していた。それが分かっているのかいないのか、ただ単にマフィアの絶叫に驚いてしまったのか……とりあえず、大号泣だった。
さらに、泣き喚いている赤子の体はかなり痩せ細っていた。僕の記憶の中にある、赤子の体格とは異なっていた。よく見れば見るほど、健康状態の悪さが伺えた。
「す、すみません! すぐに泣きやませますから、どうかお命だけは……!」
僕がじっと見ていたのが余程恐ろしかったのか、母親は命乞いを始めた。
(別にそんなつもりでは……いや、そう思われても無理ないか)
血の雨を降らせてしまったせいだろう、彼女の目は人殺しを見るそれだった。
「別に、お前達の命を奪って回るほどの暇は持て余していない。ただ、お前の目の前で寝転がるゴミがあまりに鬱陶しかった。それだけのことだ」
僕は、手に残っていたマフィアの腕の欠片を投げ捨て彼女らに迫った。
「ひっ……」
害を加えるつもりは殊更ないのに、彼女はさらに強く赤子を抱き締めた。よっぽど、僕を信用出来ないらしい。
「やめて……! この子だけは……」
僕が赤子に手を伸ばした時、彼女は拒絶する素振りを見せた。
(別にいいけど……ここまで素直にされると、少し複雑な気持ちになるな。行動で示すしかないか)
「汚れている」
血液が付着している部分に手をかざすと、粒子状になってそれは空気中に溶けるように消えた。
「え……?」
僕が、何か良からぬことをすると思い込んでいた母親は目を丸くした。さっき言ったことは聞こえていなかったのだろうか。
「言ったはずだ。お前達の命を奪って回るほどの暇はないと。さっきのは、あまりに不快だったから消しただけだと。それより、このお前の子供は随分と痩せているな」
彼女は、少し困惑した表情を浮かべたまま口を開く。
「栄養のある食事を私が取ることが出来ないので、母乳が中々出なくて……それで、この子もお腹が空いているみたいで。最近は疲れ果てるまで泣き続けて、そのせいで彼らに目をつけられてしまって……その、た、助けて下さったのにすみません。動揺してしまって……えっと……」
(お腹が空いているから泣いているのか。ずっと満たされない思いを抱えながら……何も分からないから泣いて訴えている。なんて可哀想なんだ……って、どうしてこんなことばかり考えてしまうんだ!)
この親子に会ってから、どこか調子がいつにも増して狂う。一刻も早くここから立ち去らないと、気分が持たない。
「っ! 別にいい、どうでもな。どうでも……」
泣き喚く赤子の声を聞きながら僕は背を向けて、逃げるように去った。




