いい気になってるのはどっち
―牢屋 夜中―
「いやー女二人が大暴れしてましてねぇー。とにかく、ご無事で何より」
(女……二人?)
ロイは鉄格子の向こうから、笑顔で僕の顔を覗き込んだ。が、すぐに不快感を顔いっぱいに滲ませる。
「傷付いてるじゃねぇか……価値が下がんだろ」
そう言って、鉄格子の間から手を伸ばし、僕の頬に触れた。
「っ!」
体全体に痛みが染みていく。僕は顔にどんな傷を負ったのだろうか。
「あー……う~ん」
手を引っ込めて、腕を組んでロイは考える素振りを見せる。こんなことをしている間にも、爆発音はさらに近付き、悲鳴もより鮮明になり始める。ここもいつ崩れるか分からない、そんな状態だった。
(崩れる……壊れる? 待てよ、もしかしたら、ここの魔力を防ぐ何かも壊れていっているかもしれない……!)
失いかけていた希望、仮初にすがろうとしていた僕にとって、それはとても大きく見えた。奇跡すらも起こせない、完全閉鎖空間とは今は違う。ならば、賭けるしかない。一か八か、これは博打。
そして、その希望を掴める確率を上げるには最高の手段がある。
(僕の命を賭ければ……もしかしたら……)
「まぁ、大丈夫でしょうかね。かすり傷程度……そんな損害にはならない……はず。さぁ、大人しくしてろよ。少しでも暴れてみろ、あの歌を耳元で流し続けてやるからなぁ!」
ロイはそう言って、上着のポケットから小さな水色の機械を取り出した。見たことがない物だ。これが、音楽を流す物なのだろうか。
さっきは指を鳴らして流していたが、その機能はこの騒動で壊れてしまったのかもしれない。
「……フフフ」
僕は、思わず笑ってしまった。こんな状態にもなっても、彼は僕を商品として見続けている。僕にそんなにも価値があるのか、残念ながら僕には分からない。が、本当に滑稽だと思う。命が一つだということを忘れた人間は、こうなってしまうのだろうか。
「何がおかしいんだぁ? あぁ?」
「推測ですが……もうすぐここは壊れますよ」
「んなこたぁ分かってんだよ! だから、てめぇを――」
「えぇ? 僕はここにいますよ、貴方と一緒に」
「あぁ!? 何ほざいてんだ、糞野郎!」
ロイは怒りを抑えきれない様子で、鉄格子の隙間に再び右手を入れた。その手には音楽を鳴らす機械が、しっかりと握られている。
そして、それを僕の耳にゆっくりと近付ける。僕の耳に届ける為、しっかりと腕まで入れて。これは、チャンスだと僕は思った。
「独りじゃないなら、怖くない」
僕は一か八か、成功するかも出来るかも分からない。そんな僅かな可能性に賭けて、僕は伸ばされた手に向かって力強く体当たりした。それと同時に響く、骨の悲鳴と機械の落ちる音。
「んがあぁぁっってぇえ!?」
僕の望んだ一つの出来事が、現実として目の前にあった。僕の体と鉄格子で、ロイの腕を挟むことに成功していた。曲がるはずのない方向に、前腕は綺麗に曲がっている。肘部分の関節が、完全に壊れてくれたらしい。
「痛そうですね。でも、僕も痛かったです。凄く……苦しかったです。体が粉々になっちゃうんじゃないかって、頭が二つに割れちゃうんじゃないかって……アハ、これでおあいこですね!」
僕は出来る限りの笑顔を、彼に向けた。すると、彼は左手を突っ込んで僕を離そうとした。だが、僕は全体重をかけていたし、その左手程度の力に負けるはずもなかった。
「ふざけるなぁぁ! クソ! いい気になりやがってよぉ!?」
「いい気になってるのはそっちだろ、糞人間が」
その時、左目に熱を微かに感じた。でも、それはすぐに消えた。気のせいだったと言われれば、そう流せるくらいのこと。
「……なっ! おまっ、崩れるぞっ! いい加減――」
その言葉を、最後まで聞くことは出来なかった。




