彼の怒りの矛先
―アリア 学校 昼―
そして、私が彼らに連れて来られたのは久々の学校だった。だが、その学校の様子はあの頃とは異なっていた。
学生達の賑わう声が聞こえない、というかそもそもその学生の姿が見当たらない。今はまだ長期休みでも、何でもないはずだ。普段なら学生が至る所にいるはず。だから、私も迂闊には近付けなかった。どこで誰に姿を見られてしまうか、分からなかったから。
けれど、今は私でも平然と歩けるくらいにひっそりとしている。それはもう不気味なくらいだ。
「……何か、ここであったんですか?」
「嗚呼」
ガスマスクの彼の名前は、エトワール。あまり感情を感じない、淡々とした口調で話す人だ。だから、少し怖い。マスクの下の表情がどんなものか分かれば、そんな印象も変わるのかもしれないが。
学校に来るまでの間の道のりで分かったのは、彼が間違いなく男であるということだけ。自己紹介をしてくれなければ、ずっと確信が持てなかっただろう。
「ちょっとした事件がありましてね。それで、今日は全学科学部で休講です」
褐色の彼の名前は、ヴィンス。エトワールさんとは対照的に、感情がはっきりしている。ずっと私に笑顔を向けてくれているし。ただ、そのちっとも崩れない笑顔が少し気にかかる。まるで、仮面のようだ。
「その、まさかそれがタミに関係あるとか……ですか?」
何となく嫌な予感はしていた。彼が生きている、それはとても喜ばしいことだった。アーリヤに囚われた者は、大体殺される。
だが、時にそうでないこともある。それは、彼女に気に入られた場合だ。それは、命を保証されるということ。しかし、同時にそれは彼女に魅了されたということ。魅了されるということは、彼女の忠実なしもべとして尽くし続けるということだ。
タミが生きているということが保証された。即ち、それは――彼は堕ちたということの証明。
「ご名答ですね。ここで、実はとある女学生が誘拐され行方不明になりました。その女学生は、彼と親密な関係にありました」
「親密?」
「嗚呼。タミの秘密を知っている友人でも恋人でも家族でもないが、少々特殊な間柄だ。故に奴にとっては、脅威であったのだろう。誘拐する動機は十分にあった。そして、数日前に帰宅途中にあった彼女を攫った」
「彼も焦っていたのか、それとも衝動的なものだったのかは分かりません。それなりに人がいる時に、その事件を起こしました。しかも、あの容姿ですからそれなりに目立ちます。決定的瞬間こそ見られていなくとも、そこまでの過程を不特定多数の人に晒しました。彼は下手くそです。何もかもなっていな――」
「ヴィンス」
笑顔を浮かべたまま、少し怒気を含んだ口調で何かを語り始めようとしたヴィンスさんをエトワールさんが制止した。
「失礼しました。つい……」
彼は、もどかしそうに頭を掻いた。
(ヴィンスさんは、彼が事件を起こしたことよりも……多くの人に目撃されてしまったということに対して怒りを感じているの? 一体、どうしてかしら……)
「広場で、俺達を待っている者達がいる。急ぐぞ」
エトワールさんは、これ以上の長話は無用だと言わんばかりに歩むスピードを速めた。




