鍵を握る者
―エトワール 街 昼―
俺達はボスに言われ、森近くの街にあったレストランの跡地でとある人物が来るのをじっと待っていた。
「いつ来ますかねぇ?」
「知らん。この街のファミリアというレストランの跡地にいれば、罪人が導かれるように現れるだろうとしか言われていないかならな」
しかしまぁ、一日じっと待つというのも退屈な話だ。命を狙われる訳でもなく、息を潜める必要がある訳でもない。通りすがる人に不審な目で見られる程度で、特別なことは何もないのだから。
「大爆発でお馴染みのファミリアですか。そうですか、ここにあったんですか。ここで二名の尊い命が跡形もなく飛散したんですか。いいですねぇ、その最期を想像するだけで血が騒ぎますね」
ヴィンスは、地面を愛おしそうに撫で始める。
「俺には永遠に分からん感覚だな」
「他で満たされることがあるからですよ。私にとって、それは生まれて初めて満たされた感覚だったんです。人間に私の親が殺された時、双子の妹が殺された時、退屈だった心が満たされていきました。大切で愛している家族であるはずなのに……いや、きっと大切だったからこそなのでしょう。ショックではなくて、高揚……世界に色が溢れていく心地良さを知ったんですよ」
「お前くらいのものだ。過去を何の躊躇いもなく、楽しそうに語るのは」
俺を含め、組織に属する者は皆暗くて黒い過去を持っている。そして、多くの者がそれを語ろうとはしない。人間に対する恨み、憎しみ、怒り、悲しみ……無限の負の感情の中で、自我を何とか保って生きている。それは、とても脆くて危うい。過去を語れば、さらにその渦に飲み込まれていくだろう。
「共有したいじゃないですか……この気持ちを。それに、忘れたくないんです。音も光も感覚も……私にとっては家族との一番の思い出ですから」
けれど、ヴィンスはそうではない。過去を語れば語るほど、表情は明るいものへと変わる。
「思い出……か」
立場上、俺は組織の者達の過去を知っている。その過去の悲惨さに大小をつけるべきではないのかもしれないが、ヴィンスのその思い出は常人的に見れば特におぞましいものだ。
ボスに出会う前、ヴィンスは家族と共に世界中を流浪していた。元々はアフリカの山奥に居を構える一族であったらしいが、その地がイギリスの者に支配され、この国に強制連行され奴隷として働かされた。
しかし、その支配からヴィンスの親は逃げ出した。その時に、既にヴィンス達を身ごもっていたらしい。これは、あくまで俺の推測だが――彼らが逃げ出したのは身ごもった我が子を守る為だったのではないかと思う。
「色んな景色を見ました、色んな世界を見ました。けれど、どれだけ見てもそれは私にとって退屈でしかありませんでした。妹や両親は、あんなにも眩い笑顔を浮かべていたというのに……私はただその真似事ばかりしていました。それから卒業出来たのは、全てを失ったその日でした」
そんな両親の思いは、突如断たれた。ヴィンスが六歳の時である。彼らにとって故郷である場所を訪れた日の夜、人間の襲撃を受け、ヴィンス以外の家族は肉片の塊になるまで惨殺された。
「私にとって、どっちが幸せだったんでしょうかね? 満たされないけれど無償の愛が貰える家庭と、今の場所は……」
それは、とても難しい質問だった。ヴィンスと、大体の人の考え方は異なる。そこに、俺の考え方をぶつけた所で納得のいくような答えを導き出せるようなものではない。
その答えは、いずれヴィンス自身が見つけて納得すべきものだ。
「さぁな。俺には分からん……ただ、俺は居場所があるだけマシだと思っている。例え、それが偽りだらけだったとしても。家族ごっこでしかなかったとしても、俺はそれで満たされている」
「……ずるいですねぇ」
ヴィンスは不敵な笑みを浮かべて、遠くを見つめた。
(ずるいか……そうだな、確かに俺はずるい)
「ん? あれは……もしかして、ボスの言っていた方でしょうかね?」
それで、偶然近付いてくる待ち人を見つけたようだ。
「来たか……ようやく」
退屈なこの場所で、いよいよ特別なことが起こる。
「アリア=アトウッド……鍵を握る者。罪を背負う者」
「歓迎しましょう。この出会いを。ようやく、次の段階への扉が開かれる時が来たのですから」
何かを手に持ってこちらに走ってくるアリア=アトウッドを、俺らは出迎える準備を整えた。




