理事長
―ジェシー 学校 昼―
「――学校内で事件が起こるなど大問題だ! 我が校の信頼問題に関わる! 学生達は皆怯えている!」
「しかも、あの化け物……あんなことが出来るのはカラス以外にいません!」
「学校内にいるのでは?」
「やはり、入学前に身体検査を取り入れるべきだ。今からでも遅くない、全生徒の身体検査を……」
先日、発生した学校内で二人の生徒が化け物に襲われたという事件。それに関して、数時間ほど前から緊急会議が開かれていた。全教師を集めて対策と今後の対応について協議する――はずだったのだが、二名ほど無断欠席している。それは、アーナ先生と――。
「すまん、遅れてしもうたわい!」
固く閉ざされていた扉、それが突如勢い良く開かれた。それは、緊迫していた空気を破壊した。破壊した人物は、おぼつかない足取りで扉を閉めてゆっくりと室内に入る。
「ミスター臼村! 遅刻ですよ。ただでさえ、場が混乱しているというのに……勝手な真似はやめて頂きたい」
一応、この場を取り仕切っているのは学長だ。けれど、ほとんどその役割を果たしていない。他の教師達は好き勝手に思い思いの発言をするだけで、これといった案を出す素振りすら見せないからだ。
「すまんのぉ、わしもこう見えて忙しいんじゃ」
「とりあえず、さっさと空いている席に座って下さい。はぁ……」
「ほっほっ……そうカッカするな。わしがおってもおらんくても、同じじゃろ? その様子じゃ、ちっとも話はまとまっておらんようじゃしの」
臼村教授は椅子にどっしりと腰かけて、周囲を見ながら微笑む。それに対し、他の者達は眉をひそめた。だが、何も言わない。いや、言えないのだ。この学校の古株で、何なら学長よりも発言力が強いくらいだから無理もないだろう。
「その通りだな、ちっとも話は進んでねぇ」
「じゃろうのぉ。学長よ、この話は無駄だらけじゃろう。これ以上、この場で対策を練っても何も生まれてこんぞ」
「……お言葉ですが、ミスター臼村。先ほど来たばかりの貴方にどうこう言われたくありませんよ」
その場の意見を代表するかのように、学長は言った。しかし、彼は屈さない。
「フッ……その気持ちも分かる。じゃが、わしにとっては命と同じくらい大事な用事じゃったんじゃ。それは、もしかしたらこの場を収めることの出来ることかもしれんのぉ」
彼が不敵に微笑んだ瞬間、再び扉が勢い良く開かれた。そこには、真っ黒なベールで顔を隠し車椅子に座った者がいた。
(え……!?)
その予想外の人物――理事長の登場に、臼村教授以外の全員が硬直した。
(来るなんて聞いてねぇぞ!?)
「もう既に事は進もうとしている……この話し合いは無意味。くだらない話し合いをしている暇があるのなら、ここの学校と学生を守れ。この馬鹿共が」
顔も見えないし、声も荒げている訳でもない。それなのに、その存在だけでこの場を凍りつかせた。音が消えた。呼吸音すら聞こえない。
「り、理事長。お体の方は大丈夫なのでしょう……か?」
呼吸をするのも忘れてしまうようなこの場で、学長は振り絞るような声で言った。
「ここを好き勝手されて大丈夫な訳があるか。だから、この私がどうにかしよう……協力して貰うぞ、ジェシー」
真っ黒な布の向こうで、奴は一体どんな表情を浮かべているのだろう。全てを欺き、騙し、翻弄するこいつは……今何を思ってこんな発言をしているのだろう。昔からよく分からないが、今はもっと分からない。何かを企んでいる、それくらいしか察することが出来ない。
けれど、思いは同じ。利害が一致した協力者同士。だから、俺は――。
「嗚呼、分かっている」




