あまりにも簡単に
―コットニー地区 昼―
何かしらの器具や容器を必要とするのではないか、レストランで見た経験から僕はそう予想していた。しかし、エルナが持っているのは材料だけ。周りにも、料理に使えそうな物は見当たらない。
「よ~く見てなさい」
(え!?)
彼女はそう言って、材料を全て乱暴に上に軽く投げた。それらは落下することなく、宙にとどまっている。そんな光景に、僕は呆然とするしかなかった。先ほど、コルウスがわざわざ慎重に置いた卵も宙に浮いている。
「材料しかないもん。それに、魔術の方が圧倒的に楽だしね。楽出来るなら楽したいでしょ」
どうやら、表情に出ていたらしい。僕は咳払いを一つして、役に入る。意識しなければ、素が出てしまう。どこで誰が見ているか分からない、気を付けなければ。
「そ~れっと」
彼女が宙に浮いた材料に手をかざすと、それらは白っぽい光に包まれて融合して大きな発光体となっていく。白い粉に至っては袋に入ったまま。
(一体どういう魔術なんだ? 料理がこんなに簡単に雑に作れてしまうのか? だとすれば、トーマスさん達は本当に大変な思いで一から料理を……)
彼らは魔術などを上手く使うことが出来ないから、という理由で一からそれに頼らず料理を作っていた。本当にそれだけだったのだろうか。もう、今となっては聞くことも叶わない。
「はい、出来た」
すると、その大きな発光体から一枚ずつこんがりと焼けた丸い物――クッキーが飛び出してその場で漂う。
「こんなにも、簡単に出来てしまうものなのか?」
その時間、僅か数分。トーマスさん達や僕の国の料理人が思いを込めて、時間をかけこだわって作っていたのが馬鹿らしく思えてくるくらいあっさりと終わってしまった。
「そうよ。まぁ、残念ながら実際に作るよりは味は落ちてしまうけどね。でも、この国の多くの人達は味にはそんなにこだわっていないの。食べることが出来ればそれでいい、基本的にはその考えよ。でも、最近は変わってきているみたいね。魔術を使わないレストランとかカフェが流行り始めてる。ま、行けないし行かないけど」
「そうか……」
しかし、あの時食べたクッキーはとても美味しかった。それは、彼女が魔術を使いこなしているからなのかもしれない。
では、僕は、今この瞬間を初めて見た魔術を使うことが出来るのだろうか。美味しいクッキーを作ることが出来るのだろうか。正直、見ただけではいまいち感覚が掴めない。
「で、どういうコツで使うんだ」
「見て分からなかったの?」
「魔術でやるとは聞いていなかった。せめて、どういう感じでやっているかくらい教えてくれないか。それだけいでいい、材料はもう見て分かったからな」
「簡単よ。材料が合わさっていくのをイメージして、そこから料理になっていくのも想像する。それだけですぐ出来るようになる。ねぇ、もういい?」
彼女は、自分のやるべきことは全てやったのだからもう解放しろと目で訴える。
「もう良い。そんなに助けたければ、行け」
「言われなくても行くわ。私は、あんたとは違って自分の意思があるもの。じゃあね! せいぜい頑張って料理を作りなさい」
僕に嘲笑を向け、そう言い放ち彼女は家から出て行った。




