困難を乗り越えて
―コットニー地区 昼―
その数分後、両手に材料を抱えて彼は戻ってきた。目は血走っていて、手は震えている。恐怖からの震えではなく、溢れんばかりの怒りのせいであることは明らかであった。
「お帰り、ご苦労様。ちゃっかりやってくれるじゃないのよ、相変わらず」
そんな彼を、エルナは澄ました顔で出迎えた。何気なく、いつものことであることのように。
(もう盗んできたのか? そんなにあっさり……)
内心、僕はかなり驚いていた。マフィアの家にカラスである彼が、あっさりと侵入出来るものなのかと思ったからだ。その侵入先の下っ端の家だったとしても、奴らのことだから無駄にセキュリティはしっかりしていそうなものだ。
しかし、騒動が何一つ起こっていないのは彼の運がいいからなのか、それとも実力なのか――。
「随分とこなれているようだな、常習犯か? それとも、たまたまか?」
動揺している気持ちを悟られないよう、僕は演じる。すると、導線に火がついたように彼は言った。
「どっちもだよ! あぁ!? 悪いのかよ!? てか、やれって言ったの姉さんだし。それを煽ってきたのは、お前だしな! これは脅迫だ。もしバレても、俺は絶対に悪くねぇ。悪かったとしても悪くねぇ。はっ、もういい! 俺はもう行く! どうせ一時間なんて、あってもないようなもんだしな! じゃあな!」
コルウスは材料を投げ捨てたが、卵だけは優しく地面に置くと荒々しく鼻を鳴らし地面を踏み鳴らしながら、どこかに行ってしまった。
(そこは冷静なんだな……)
「騒がしい奴だ。さて、エルナ……材料は揃った訳だ。約束通り、やって貰うぞ。クッキー作り、しっかりと見せて貰おう」
「分かってるわ。はぁ……帰ってくる頃には機嫌を直してくれてるといいけど。じゃあ、クッキーを作るわよ。その目にしっかりと焼き付けなさいね。二度は絶対にやらないから、材料ないし。またコルウス怒らせちゃうし」
ため息を吐いて、エルナは地面に落ちた材料を拾った。
(これでクッキーの作り方が分かるようになる。上手くいけば、ドールの気持ちをこちらに引きつけ利用することが出来るようになるという訳か)
ただ、一つ問題がある。僕は、人生で一度も料理など作ったことがないということだ。作っている姿を真剣に間近で見たのも、レストランが初めてだった。正直、見ただけで出来るようになるのかは疑問が残る。自信がない。
が、そんな弱音を吐いていてはいけない。そんなことでは、僕は何も得られないから。何かを得る為には、困難を乗り越えなくてはいけないのだから。




