兄妹喧嘩
―コットニー地区 昼―
どれほどの距離を走っただろう。ようやく、エルナの足がとまった。彼女が立ち止まるまでの間、何度も見た。カラスが無様にやられていく姿を。
「ここよ」
彼女が指差したそこは、家と呼ぶにはあまりにも貧相だった。煉瓦を積み上げ、その上にトタン板を乗せただけ。ドアはなく、家と呼ばれてようやくそうなのかと認識出来る程度の物。広さは、人が三人ならギリギリ入れそうなくらいであった。
「ここがエルナの家なのか?」
「家に見えない? でも、これが私の家」
「周りには、それなりに立派な建物があるではないか」
「建物らしい建物に住めるのは、マフィアかマフィアの側近として働く者達くらいのもんよ。他の皆は大体こんな粗末な所か、路地裏で皆で身を寄せ合って生きてるの」
彼女はそう言うと、そのトタン屋根の家の中に入っていった。僕もその後に続く。
(養豚小屋でももっと立派だ。ここのカラスはなんて哀れなんだろう)
中は、真っ白な煉瓦の地面が剥き出しだった。そこに見覚えのある少年が、大の字になって転がっていた。
「姉さん? って、うぉ!? その後ろにいるのタミじゃねぇか!」
少年の名は、コルウス。少し前に、力を試して気絶させた少年だ。まさか、エルナの弟だったとは。
「こいつだよ、こいつ! タミってこいつだよ!」
彼は勢い良く起き上がり、エルナの方に顔を向けながら僕を指差した。
「知ってるわ。前に会った時とかなり雰囲気の違う奴……あんたはそう言ったわね。そう感じたのは、間違いじゃないわ。何故なら――」
「今、余計なことを言っている暇があるのか? こうしている間にも、時間は減っていく。あの子供や老人の命は削られていく」
僕は、彼女を強く睨みつけた。
「はぁ……そうね。コルウス、大したことじゃないから気にしなくていい。それより、ちょっと手伝って欲しいのよ。今から、ここは寝室じゃなくてキッチンになるから」
彼女は仕方ないといった様子で息を吐くと、命令するようにコルウスに言った。
「はぁ!?」
「でも、材料がないのよ。という訳で、前みたいにクッキーの材料をマフィアの家から盗んできなさい。一つや二つ減った所で、どうせ気付かないわよ。慣れたもんでしょ、お願い」
「はぁ!?」
(結局、盗んでいたのか……まぁ、確かにクッキー自体は盗んでいないとは言っていたけど、材料は盗んでないとは言ってなかったような)
「あんた、はぁ!? しか言えないの? 語彙力はどこに置いてきたの?」
「当たり前だろ! わしはさっき寝始めたんだぞ!? 後一時間後には仕事があるのに! 少ない休憩時間だぞ!?」
「あっそう! でも、やりなさい!」
「はぁ!?」
突然始まった姉弟喧嘩、それを見て無性に懐かしい気持ちになった。僕にも姉弟がいる。特に、二番目の姉――美月とは壮絶な喧嘩をしたものだ。口論だけで、どうにかなってきたのは最近のことだ。もう全て過去の話だが。
「タミぃ~」
自身の力で説得するのが面倒臭くなったのか、彼女は僕に話を投げてきた。喧嘩というのは、大抵第三者が取り持つことでどうにかなることの方が多い。自分達の力でどうにかなるのは、そのどちらかが大人になった時だけだ。
(仕方ない。これも事を迅速に進める為……)
「コルウス、行け」
高圧的になるように、僕は腕を組んで見下ろした。
「な……!?」
「行け。これは命令だ」
「くっ……くそぉぉぉ!」
彼は怯えた表情を浮かべ、力強く叫んで逃げ出すように家から出て行った。




