救える者も救えない
―コットニー地区 昼―
外には、少し賑わいがあった。賑わいと言っても、明るい賑わいとは全く違うものだ。
「おらぁ、ちゃんと持って働けよ!」
「重い……重いよ」
「こんなんで音を上げてるから、病気になんだろ!」
「ひっ、働きますから……蹴らないでっ!」
マフィアに文字通りの奴隷として扱われるカラス達。六歳くらいの子供が、その身の丈に合わない大きさの袋を運ばされていたり、皮膚と骨だけの老人が棒のように蹴られていたりと、見るだけで不幸になりそうな光景が繰り広げられている。
「あいつら――」
案の定、それがエルナの怒りに触れてしまった。彼女は拳を握り締め、マフィア達の所へ向かって行こうとした。
(気持ちを切り替えて、しっかりと演じるとしようか……)
「駄目だ」
僕は、怒りに震える彼女の腕を掴んだ。
「何!? 離してっ! こんなの……」
「汚れを洗い流したい、名前で呼べ……エルナの願いはもう叶えてやった。だが、私の願いはまだ叶えられていない」
「は……?」
突然、僕の口調が変わってしまったことに彼女は驚き立ち止まる。
「私は十分なくらい、エルナに譲ってやった。これ以上は、もう限界だ。こんなことで一々足をとめていては、きりがない。ここでは当たり前で、日常的な光景だろう。さあ、行くぞ」
僕は、呆然とする彼女を引きずるようにして歩を進めようとした。だが、その前に我に帰った彼女はその場で地面をしっかりと踏みしめて抵抗する。
「さっきアレンが言っていたことって、そういうことなの? 理想を演じるって、態度や言葉遣いが出来ていないっていうのは……」
「そんなの、細かいことだ。そもそも、エルナには関係のないことだろう。さあ、無駄口を叩いている暇はない。行くぞ」
僕は彼女の腕に鎖を巻きつけ、それを上回る力でさらに引っ張った。
「きゃっ!?」
すると、抵抗も虚しく彼女の体は僕の方へと引き寄せられた。そして、彼女の鎖を解いた。
「私は急いでいる。もう、エルナ……お前の気持ちを優先している余裕はこれっぽっちもない」
そう、僕は急いでいる。一刻も早く、アレンさん達よりもアーリヤ様からの信頼を得なくてはならない。そして、僕が一番になる。他の誰よりも、気を許して貰えるようにならなくてはならない。その為には、ありとあらゆる問題を解決しなくてはならない。それが、何よりも優先すべきことなのである。
「案内しろ、今すぐに。このことに余計に時間を割きたくないのであれば、な。救える者も救えない」
エルナは、目を見開く。僕のかけた言葉が予想外だったのだろう。
「救ってもいい……ってこと?」
「勝手にすればいい。だが、それで自分がどうなってもしらない。私にとって、どうでもいいことだからな――」
僕がそう言うと、彼女は家に向かって走り始めた。




