その汚れを洗い流して
―アーリヤの邸宅 朝―
「やぁ、おはよう。何やら騒がしいと思ったら……エルナのせいか」
部屋を出てすぐの場所に、アレンさんが壁にもたれかかって待ち構えていた。
「アレン!?」
エルナとアレンさんは知り合いのようだった。まぁ、彼女もここの住人でアレンさんはここの陰の支配者だった人だ。顔見知りでない方がおかしいだろう。
「久しぶりに会えて嬉しいよ。タミにも気に入られたんだね、良かった。流石は、俺のお気に入り。だけど、タミ……駄目じゃないか」
彼はエルナを見て顔をほころばせたが、僕に目線を向けると少し険しい表情になった。
「駄目? 何が駄目なんですか?」
「それ、それだよ。その態度と言葉遣い、ちょっと前に教えたことがまるで出来てないじゃないか。部屋の外まで聞こえてたんだけど、それじゃあ駄目でしょ」
「あっ……」
頭の片隅にはあったけれど、他のことに意識が向き過ぎて忘れていた。
「理想を演じなきゃ。せめて、この場所の……ゴミとゴミ以下の前ではさ。まぁ、もう無理だよねぇ。そういう所、改善しないとアーリヤ様にも見限られちゃうよ?」
「……っ」
(そんなの嫌だ。アーリヤ様にまで見限られたら、僕は……独りぼっち。居場所も、行く当てもどこにもない)
その恐怖は、自然と僕の体を震えさせた。僕には、もうここ以外の居場所など存在しないのに。それを奪われてしまったら、僕には何一つ残らない。
「ゴミとゴミ以下って誰のことを言ってるのかしら? アレン」
「ん? アハハハハッ! エルナはよく知ってるじゃないか、俺が何度も何度も教えてあげたんだから。それでも、エルナはへこたれなかった。それどころか、さらに反抗的に立ち向かって……殺してしまうのが惜しくなった。でも、エルナはゴミ以下だから。どれだけエルナが足掻いても、それだけは変わらないよ」
彼は嘲笑うような笑みを浮かべ、ゆっくりとこちら側に歩み寄る。
「だって、エルナは選ばれなかったカラスとしてここにいるんだから。人生の敗者なのに、俺らと対等になれる訳がない。ここから逃れることすら出来ていない時点で……ゴミ以下なんだよ」
「……ハッ」
徹底的に見下し切ったアレンさんの発言に、彼女のことだから怒るものだと思っていた。けれど、その予想に反して彼女はただ小さく嗤っただけだった。
「さて、話は戻るけど……タミ、もうエルナの前では演じる必要はないよ。だって、ありのままの君を知ってしまっている訳だしさ。演じたってしょうがないよね」
「はい……」
僕は、なんて駄目な奴なのだろう。心に決めたことすら出来ないなんて。表情では、悟ることは出来ないががきっと彼は呆れている。
「そういえば、体を綺麗にしたかったんだよね? がっつり聞こえてたからさ。まぁ、確かにエルナがそのままの格好でここにいるのは不快だな。どうせ、その血ゴミのでしょ? 汚らわしい。うん、特別にお風呂を使わせてあげよう。ここの廊下を突き当たり、真っ直ぐ行ってごらん。そこに大浴場があるからさ。その汚れを洗い流しておいでよ」




