選択肢
―アーリヤの邸宅 朝―
僕は、ベットの上に少女を眠らせた。相変わらず、白目を向いたままだったので目を瞑らせて。
「さて……最初はクロエの方だね」
クロエは傷だらけの体で、大人しく鎖で吊るされていた。ただ、意識はもう戻っているようであった。僕の気配を察知してか、彼女は僅かに声を漏らした。
「あ……ァ……」
「おはよう、いい朝だね。体痛いだろう、これをお食べ」
僕は肉を取り出した。そして、その肉を食べやすいように一口大の大きさに引きちぎり、彼女の口の中に投げ入れた。
「んん゛っ!?」
肉が口に入った瞬間、彼女は目を見開いて硬直した。一体何が起こっているのか、分からないといった様子である。しかし、その肉を拒絶する反応は見られない。
「フフ……とっても美味しいお肉だろう。今の君の体には最適な物だよ。しっかりと味わうんだ」
僕は、彼女がそれを拒絶する前に顎を上げ、口を塞いで飲み込まなくては苦しい状態にした。すると、彼女はその肉を飲み込んだ。
その途端、彼女の体は修復を始めた。僕が塞いだ応急的なものよりも、ずっと強力で確実なもの。今日中に傷跡すら消えるだろう。
「そうそう、クッキーもあるんだけど……食べる?」
僕はかごから、血に染まったクッキーを二枚取り出した。その内の一枚を僕は口に含み、もう一枚を彼女に差し出した。
「苺味のクッキー……?」
「君にはそう見えるんだね? なら、食べてみればいい。沢山あるんだ。さっき、赤のデコレーションをしたばかりなんだ。是非、君の感想を聞きたいなぁ」
「……いらない。それより、私に何を……したの?」
彼女には、化け物となっていた時の記憶はない。全ては無意識の中で起こっていたことだから。ならば、教えてあげよう。僕は寛容だから。
「君から君を奪っただけだよ。見せてあげる」
僕は、彼女の額に触れた。その瞬間、彼女の表情は凍りついた。僕が見たそのままを、彼女に見せてあげたのだから当然の反応だろう。
「そんな……何で?」
「何で? そんなの決まってるじゃないか。君が真実を教えようとしないからだ。って、事前に言ったじゃないか。君が言うことを聞かないから、何もかも奪うしかなかったんだよ! もしも、まだ君が抵抗を続けるというのなら……僕は何度でも君を化け物へと変えよう。今度こそ命を奪って貰うよ」
他人が化け物になるのと、自身が化け物になるのとでは訳が違う。化け物になりたい人なんて、殺人兵器となりたい人などいない。
だから、きっと彼女は今回の選択で流石に屈してくれると思っていた。屈すると思っていた。究極の選択でも何でもない、一つしかない選択肢を与えたのだから。
「……ハハ、巽君。君は私のことを、何か勘違いしているみたい。私は純粋無垢な少女じゃないのよ。とっくに血まみれ……私にとってどうでもいい人が死ぬことくらい、何とも思わない。あの学校にも、この街にも、この世界にも思い入れなんてない。やりたきゃやれば? 化け物にでも何でもなってやるわ」
そんな僕の思いとは裏腹に、彼女は嘲るような笑みを浮かべた。そう、一つしない選択肢を彼女は放棄したのだ。
「そう――そうかい。そんな強がり、いつまでも出来ると思うなよ。いつまでも続けられる訳ないんだから……」
ならば、記憶の鍵を握る彼女の精神を徹底的に潰し、僕は全てを取り戻す。その為なら、僕は心など捨てられる。僕は、再びクロエを化け物に変えようと手を伸ばした時であった。
「どぉりゃあっ!」
背後から、不意打ちの飛び蹴りを喰らったのは。




