一石二鳥
―アーリヤの邸宅 朝―
何気なく無意識の内にやってしまったが、僕は瞬間移動を使わなくても至る所に移動出来るようになったみたいだ。この成長は大きい。
「フフ……さて」
床に横たわるは、元の姿に戻ったクロエ。ただ、戦いの傷痕がはっきりと残っている。全身に穴が空き、そこから血が絶え間なく流れ続けている。このまま放っておいたら死んでしまうだろう。僕の治癒魔法は、これが限界だ。
「酷い怪我だ……応急処置的なもので、とりあえずは持たせるか」
僕が手をかざすと、彼女の全身の穴は徐々に塞がれていった。ただ、この程度の応急処置では少しでも体を動かせばまた穴が空く。
「動いちゃ駄目だよ……」
僕は、彼女の体を鎖で優しく拘束した。下手に動いたり出来ないように、体を大の字にして鎖をピンと張らせ、上から吊るすような形にした。ちょっと傷口が開いてしまったので、また魔法を使った。
そして、僕は部屋の窓から飛び降りて着地した。
(さて、ここなら獲物に溢れてるよね。人間かカラスか……どっちがいいんだろう? まぁ、どっちも同じことか。でも、折角なら上質な方がいいよねぇ。となると、人間だな)
獲物を探す為、路地裏に入った。すると――。
「やめてよっ!」
「あぁん? 誰に対して、そんな言葉遣いしてんだよ?」
「離して!」
そこでは、黒髪の少女と金髪のガラの悪い男性が言い争いをしていた。少女の腕には茶色いかごがかけられていて、そこから香ばしい匂いが漂ってくる。何かが入っているらしい。
「カラス如きがクッキーなんか持ってていいのかよ? 駄目だよなぁ? どこで手に入れた? どっかで盗んだのか?」
(クッキー……?)
『クッキー……作って下さい。そうすれば、考えてあげますわ』
『……茶色いクッキーですわ! とても香ばしいんですの。とっても美味しそうですの』
あの日、ドールに言われたことが脳裏を過った。何やかんやあり過ぎて、後回しになっていた。
(獲物もいるし、クッキーが何であるかも分かりそうだし、一石二鳥って奴だね。珍しく幸運だな)
僕は気配を消して、二人に気付かれないように接近する。と同時に、魔法で隠し持っていた剣を取り出し握り締める。
「盗んでない! 作ったのよ!」
「材料はどこで手に入れた? というか、そんな物を作っている暇があれば働けクソ女! 反抗的な態度を取って贅沢をしようとした罰だ、ここで殺……ぇ」
「殺してあげる」
僕は、その男性の頭に剣を突き刺した。
「ひっ!」
目の前で恐ろしい光景を見てしまった少女は、その場に崩れ落ちる。
「殺してあげた」
そして、僕は突き刺した剣をそのまま足に向かって落とした。すると、男性の体は綺麗に真っ二つになった。人間半分解剖図が、これを参考に描けそうだ。気持ち悪いから絶対にやりたくない。
嫌悪感を覚えながらも、僕はそれを回収した。
「あ、あぁ……あんた!?」
返り血を浴びたことにすら気付いていない様子で、少女はそんな僕に恐怖の眼差しを向けた。




