その時
―エトワール ? 夕方―
俺はいつもの諜報活動を終えて、組織の拠点を構える場所に帰宅した。そして、自室に向かおうとしたのだが、そこに行くまでの広間で驚愕の光景を目にしてしまい、思わず足がとまった。
「ハハッ♪ お帰りなさい。エトワール」
広間には、優雅に椅子に座ってナイフをハンカチで磨くヴィンスと、傷だらけの状態で縄に縛られ床に座っている三人がいた。その三人の顔を見て、俺はこの状況の理由を全て察した。
「この時が来てしまったのか……」
彼らは真っ青で、俺を見るなり目を見開いて口をパクパクと動かした。が、そこから声は漏れない。
(恐怖で声すら出ない。相当なことを、既にされたようだな)
「私はボスからの命令で殺さずに拘束ように言われただけなので、な~んにも知らないんです。あぁ……最悪の気分ですよ。彼らを滅茶苦茶に壊せるのが私ではなくて、エトワールなんて」
ヴィンスは、儚げな表情でナイフを見つめる。
「お前はどこまで聞いている?」
「私の役目は、ポンコツ三人組を拘束すること。ヴィンスの役目は、このポンコツ三人組を始末すること。その理由は知りません。だけど、それはどうでもいいんですよ。私にとって、私自身の手で人を滅茶苦茶にすることに意味があるんです。それなのに、ただ傍観するだけなんて……何たる拷問でしょう。はぁ……ま、いいですけど。さ、さっさと殺って下さい」
そう不満げに言うと、ヴィンスは俺に向かって雑にナイフを投げた。そのナイフは、刃を向けて俺の心臓に突き刺さろうとしてきた。俺は咄嗟に身をひるがえした。その行動が出来なければ、俺が死んでいた。
「ヴィンス……!」
「フフフ! ちょっとした冗談ですよ。エトワールなら避けると思ってましたもん。この程度のことで、死ぬような存在ではないことくらい知ってます」
「今のお前には、俺を殺す権限はない。俺達の命を所有しているのは、ボスだ」
「だぁから、冗談だって言ってるじゃないですか。面倒臭いですよ」
「そうそう、面倒臭いよ。殺るべきことは、さっさと殺らないと~」
「ボス!?」
俺達がそんな言い争いをしていると、ボスが愉快にステップを踏みながら広間の向こうから現れた。
(いらっしゃったのか!?)
確か、今日は夜からピアニスト――マイカ=ゲインとしてのリサイタルがあると言っていたはず。ボスは何やかんや、ピアニストとしての仕事は何百年と続けるくらい大事にしている。それを放り出すということは、よっぽど俺のことを信頼していないということだろう。だから、その目で、その瞬間を見届けたいという思いに繋がった。
「いや~どんな仕事よりも、優先しなければならないことってのがあるからさ~。も~やんなっちゃう。参っちゃうよねぇ」
ボスはそう言いながら、拘束された三人組の前にしゃがみ込んだ。




