壊れた記憶
―コットニー地区 夕方―
「……ハハハハハ!」
立場的に僕が不利であったとしても、状況が僕にあるならどうにでも変えられる。精神的に屈させて、無理矢理吐かせることだって出来る。高圧的な態度を取ったとしても、鎖に彼女が縛られているという事実は揺るがない。
「何? 何がおかしいの」
「何もかもだよ。記憶を条件に、自身の自由を要求するなんてさぁ……元々、僕は無理矢理吐かせるつもりだったんだ。痛い思いでも怖い思いでも、何でもして貰おうと思って。ただ、突然そんなことをされても理由が分からなかったら、君だって答えてはくれないよね。だから、僕は事前に説明しただけなのに」
生温いやり方では、舐められてしまう。今の彼女がこんな態度を取ることが出来るのは、記憶のない頃の僕が中途半端だったからだろう。今以上に。
そんな僕とは決別する。だから、思い出すことが出来なくてもいい。けれど、知っておきたい。心に濁りを生む原因を。
「子供にそんなことするんだ? 最低ね」
「子供でありながら、重要な役割を担っている。それなりの危険は理解しているはずだよ」
そして、僕は鎖の縛る力を強くする。不敵な笑みを浮かべていたクロエの表情に、再び苦痛の二文字が刻み込まれる。
「クッ……何? この鎖、力が抜ける……」
「君が抵抗するからだ。この鎖は君の自由から順番に、色々なものを奪っていくよ。僕が知っているべき事実を、君が話さない限りはね」
この鎖は僕の一部。だから、望むがままに動かせる。相手が僕に勝らない限り、一度縛られれば最後抜け出すことは出来ない。彼女に勝ち目などないのだ。
「話してもいいけど、どうせほとんど理解出来ないんじゃない。真実を知った所で、その記憶が戻ってくるとは限らないんだから……」
「理解出来なくたっていい。知ることが出来れば、それだけで!」
事は理解出来なくてもいい。ただ、何があったのか、それを知ることが出来れば十分だった。
「……残念だけど、それは無理。何があるか分からない。今の巽君の記憶は壊れている。自我を保っていられるのが奇跡かもしれない。そこに、余計なことをしたら……それは、本当にどうしてあげることも出来ない。どうにか出来る人は、巽君自身のことは何とも思ってない。でも、私は、巽君を一人の人間として尊重することにしたから。だから、言わないし言えない」
苦痛を浮かべる彼女の目には、強い決意の色が浮かんでいた。正義に燃える、眩しくて嫌いな目だ。
「鳥肌が立つよ……虫唾も走る。その心意気は褒めてあげる。だけど、君の事情など知ったこっちゃない。警告はした。容赦はしないよ」
僕は、彼女を連れたままアーリヤ様の邸宅へと瞬間移動した。




