不安になる
―学校 早朝―
「――やれやれ、タミ君も大変ですねぇ。久々の登校なのに、大怪我させられちゃうなんてぇ。リアム君、冷静にならないと駄目じゃないですかぁ」
(彼はリアム……さんか)
ここでようやく、迷惑極まりない彼の名前が分かった。あの後、事の重大さを理解したリアムさんにおぶられて保健室に来た。
「ごめんなさい。でも、アーナ先生ならどうにかしてくれるって信じてます」
「過信は良くないと思いますよぉ。魔法でもどうにもならない時は、どうにもならないですからねぇ」
「治癒や回復のプロじゃないんですか!?」
「どうして半ギレなんですぅ? 元はと言えば、リアム君がやり過ぎたせいですぅ。まぁ、出来る限りは尽くしますけどぉ」
白衣に身を包んだ茶髪のポニーテールのアーナ先生は、呆れ混じりの表情を浮かべて僕の顔を覗き込む。
リアムさんは、彼女の背中越しに僕を心配そうに見つめる。
「……はっ!」
「え? な、何ですか? 僕の顔どうなってるんですか?」
すると、突然アーナ先生は目を見開き、わざとらしく大声を出した。僕の顔はそんなに大変なことになっているのだろうか。彼の突進をもろに食らったのは、顔ではなくて胴体であるはずだ。気付かぬ内に、何かあったのだろうか。
動揺する僕を見ながらアーナ先生は、少し間を置いて神妙な声色で語り始めた。
「リアム君……もう色々と手遅れかもしれないですぅ」
「は?」
「え……!? タミに一体何がっ!?」
リアムさんは、それを聞いて慌てた様子でこちらに駆け寄ってきた。
「まずは、頭蓋骨の骨折。続いて、背骨の一部が粉々にぃ。後、体の至る所で内出血が――」
「タミィィィィ! 俺のせいでごめぇええん! 一生かけて、世界が終わるまで償うからぁ! どうか、俺を嫌いにならないでっ! いなくならないでっ!」
「ひゃあっ!?」
リアムさんは目に沢山の涙を浮かべ、アーナ先生を突き飛ばし、僕を強く抱き締めた。
「ぐえええっ!? や、離してっ!」
縄できつく縛られているかのような圧迫感、内臓が飛び出て来そうなほど苦しい。
「お願いだよっ! 嫌わないで、一人にしないで、ずっと一緒にいてよぉ!」
「意味分からないからっ! 離せよっ!」
このままでは、かなり危険だ。僕は力を振り絞って、リアムさんを払いのけた。すると、彼は目の前の床に強く頭を打ちつけて、鈍い音を響かせた。
「うぅん……もうリアム君、私の嘘に簡単に引っかからないで下さいよぉ。というか、先生をぶっ飛ばさないで下さいよぉ。タミ君も大変ですねぇ、こんな暴走機関車に付きまとわれてぇ」
「え、アーナ先生……俺を騙したんですか!?」
彼は頭をぶつけた痛みなど何のそのと言った様子で、素早く顔を上げた。
「引っかかる方がどうかしていると思うんですがぁ。だって、私、まだタミ君の顔しか診てないですからねぇ。顔だけ見てそれだけ分かったら、もう超人ですよねぇ」
「はぁ……良かったぁ」
(良くはないよな。うん、絶対)
「あ、あの……本当の所はどうなんでしょうかね?」
さっさと治療出来るならして欲しいものだ。出来ないのなら、さっさと解放して欲しいものだ。僕は、食べれば治る体質だから。
「あ、今から診ます。よいしょっと、リアム君邪魔ですぅ」
アーナ先生は、腰を痛そうに摩りながらよろよろと起き上がった。
「アーナ先生、もう俺を振り回さないで下さいねっ!」
リアムは、四つん這いの状態で僕の目の前から移動していく。ただ、そんな彼の言葉を聞いて思った。
(振り回してるのは、そっちだろ……)
僕は、本当にこの学校を壊せるのだろうか。別の意味で不安になってきた瞬間であった。
その後、彼女は僕の体をくまなく診て何も問題はないと判断を下した。そして、魔法を唱えて全身にあった痛みは消してくれた。
一方で、学校に入ってから感じる痛みは消えないままだった。
「あの……」
「どうしましたぁ?」
「本当に何にもないんですか? 後ろだけじゃなくて、前……の方も」
「骨折とかはなかったですよぉ? 前は……ちょっと赤くなってましたかねぇ」
「そう……ですか」
聞く勇気がなかった。下手に聞くのも良くないと思った。専門家の人が見て何もないと言うのだから、何もないのだろう。
「ん……?」
「いえ、気にしないで下さい。ありがとうございました」
(……何だろうな、これは結局)
専門的な知識では明らかにならないものなのか、それとも僕の精神的なものなのか――その答えは得られなかった。




