彼女の一番に
―アーリヤの邸宅 早朝―
(――クッキー、茶色? 食べ物なのは分かるけど、どんな物なのかが分からないから作れって言われても作れないよなぁ)
「ねぇねぇ」
「ぎゃあっ!?」
いつの間にかアレンさんが僕と同じように隣でベットに腰かけて、にこやかに笑みを向けていた。真剣に茶色のクッキーについて考えていたせいで、彼が部屋に入って来たことにも隣にいたことにも気付けなかった。
「こんな朝からすっごい真剣に何か考えてるみたいだけど、どうしたの? 後、ノートが床に落ちてるよ」
「あ……いや、ドールに茶色のクッキーを作って欲しいって頼まれて」
悩んでいる間に、手の力が抜けてしまったのだろう。僕は落ちていたノートを拾って、魔法でそれを納めた。
「は~君にもそれを頼んできたか」
「え?」
「いやぁね、ドールは何かにつけてそれを頼む傾向があって」
「じゃあ、アレンさんも?」
「うん、何度か。でもね、所詮は人形。食べても何も意味はないんだし、作るだけ無駄って奴さ。そんなことを真剣に考えるなんて、君はいい奴だなぁ。だ・け・ど、そんなことに時間を割いてる暇はないんじゃない? 君が尽くすべきは、アーリヤ様だし」
「それは……」
言われてみれば、確かにそうだ。茶色のクッキーについて考えている暇があれば、ノートに書いてあることを覚えていた方が有意義だったに違いない。
しかし、長い目で見れば彼女は利用出来る。まずは、ある程度の信頼関係を築かなくてはならないだろう。ただ、その為のことに時間をかけ過ぎてしまったのも事実だ。
「それより、今日から学校に行くんだろう? 昨日、学校にいるのを見たよ」
「え?」
「だって、俺学校の中にあるカフェで働いてるし。片付けしてたら、偶然君と教授さんが歩いてるの見ちゃって。後でアーリヤ様から聞いたら、学校を内面から掻き回し崩壊させて力の温床にするって言ってたから。あぁ、そういうことかって。だから、暇ないでしょ? もう朝だし」
彼の話の中で、僕の感情的に引っかかる部分があった。
「……アーリヤ様に気軽に会えるんですね、僕とは違って」
「そりゃあ、長い付き合いだもんさ。彼女に尽くしてきた数も違えば、年数も違う。それに、俺は……彼女の力にすがってる訳じゃないからね。そう考えると、君は脆いのさ。悔しいのなら、彼女に全てを捧げ続け部屋に招き入れて貰えるくらいの信用を勝ち取ることだな。フフ……」
彼は不敵に微笑み立ち上がると、優雅に歩いて部屋から出て行った。その彼の言葉に、僕は無性に腹立たしさを覚えた。
(……だから、言われなくても分かってるよ! 僕に信用がないとでも言いたいのか? そんな訳ない、だってアーリヤ様は僕を受け入れて下さったんだから!)
失敗は許されない。絶対にあの学校を終わらせる。そして、駒を必ず得てみせる。
(やってやるさ、僕がアーリヤ様の一番になる)
僕は覚悟を決め、瞬間移動を使って学校へと飛んだ。




