失言のクッキー
―アーリヤの邸宅 夜中―
学校を出ると、すぐにずっとあった胸の痛みは消えた。まぁ、あまりに長く続いていたので麻痺してきていたが。やはり、痛みはない方がいい。もう学校の場所は分かったので、これで気軽に瞬間移動が出来そうだ。色々、楽になる。
現に瞬間移動を使って、僕はアーリヤ様の邸宅に戻って来た。瞬間移動を使うと、少し胸が痛んだがこれくらいなら耐えられそうだ。
(これで、忘れていた部分がある程度分かる。でも、こう改めて見るのは恥ずかしいな)
僕はベットに腰かけながら、僕の学校での行動が記されたノートを見ていた。本当に僕がやったのかという行動や、思わず目を塞ぎたくなる行動……それらが丁寧に書かれてて、全く覚えていない僕でも想像出来るくらいだった。
(これを書いたクロエという人物も探さなくては……監視役か。それも利用しやすいのであれば助かるのだが……まぁ、あまり期待しないでおこう)
学長は僕との関係上、僕がどれだけ不審でもいいように動いてくれるだろう。けれど、全ての人がそう上手く操れる訳ではない。限られた駒でやるしかない。
「――何を熱心に読まれているんですの?」
「あぁ……ドールか。これは、日記みたいなものだよ。僕について事細かに書かれてる」
突然、背後にドールが現れてそう不思議そうに尋ねてきた。
「へぇ、キングがお書きになったのですか?」
彼女は興味深げに僕の肩に手を置いて、ノートを覗き込む。
「違うよ。僕の監視役の子が書いたらしい」
「そうなのですね、もっと見せて欲しいですわ」
すると、彼女は僕におぶさるように乗っかってきた。全体重が僕にかかってくるのだから、少しは重みを感じてもいいはずだ。だが、不思議なことに一人の少女をおぶっているとは思えないくらいに軽かった。
「……君、軽い」
「レディに対して、それは失礼ですわ」
思わず声から出てしまった僕の言葉に対して、彼女は少し不満げにそう言った。
「ごめん。あまりに軽かったから……悪気はないんだ。それより、見えるかい?」
「……見えますわ」
(ドールってことは……そういうことなのかな? まぁ、いいや。大したことじゃないし、彼女もまたアーリヤ様の一部なんだし。必要とあらば、彼女だって利用してやる。今はとにかく仲良くするべきだよね)
「でも、もういいですわ」
僕の頭を小突いて、彼女は背中から降りた。
どうやら、僕は機嫌をかなり損ねてしまったようだ。うっかり口を滑らせてしまったばかりに。取り込みやすくする為にも、与えてしまった悪い印象を払拭せねば。
「許してくれない……か」
振り返って彼女の様子を見てみると、ベットの上で小さく体操座りしていた。機嫌の悪さが見え見えだった。少し大人っぽい感じだが、根は子供ベースなのかもしれない。
「軽率にそういうことを言うもんじゃありませんわよ」
「あはは……どうすれば、機嫌を戻してくれる?」
僕がそう尋ねると、少し間を置いて顔を上げ、恥ずかしそうに彼女は答えた。
「クッキー……作って下さい。そうすれば、考えてあげますわ」
「クッキー? どんな?」
名前だけは聞いたことがあった。ただ、実物は見たことがないかもしれない。
「……茶色いクッキーですわ! とても香ばしいんですの。とっても美味しそうですの」
「味は?」
「……とにかく、黙って作ればいいんです。最も、私の期待通りでなければ許しませんわよっ!」
「えぇ!? ちょ、ま――」
いまいちクッキーが想像出来ず何度か質問をすると、それが嫌だったのかドールは闇に溶けるように姿を消した。




