利用出来るもの
―学校 夜―
どれくらい歩き、どれくらい階段を上ったか。ようやく学長室の前に辿り着いた。
「こう考えると学長室って遠いよな。もっと玄関近くにすりゃ良かったのに、ってお前に愚痴ってもしょうがないか」
彼はやれやれと首を振ると、荒々しくドアを開けた。
「キャンベル学長ー!」
「ジェシー教授! ちゃんとノックをしろとどれだけ言えば分かるんだ……ん? あっ!」
部屋の中にいた眼鏡をかけた男性が、不快感を露に言った。しかし、僕と目が合うと驚愕の声を漏らした。
「た、たつ……あっ、タミ……さ、君」
そして、酷く狼狽えながらこちらに向かって足早に歩いてきた。
「どうしたんすか?」
露骨に動揺しているキャンベル学長が不思議だったのか、ジェシー教授は小首を傾げた。
「あ、いや……ごほん。それより、用があるのはタミ君の方か?」
流石にまずいと思ったのか、学長は咳払いをして、こちらを見据えた。気持ちを切り替える技術は素晴らしいと思った。
「はい、そうです。少しお尋ねしたいことがありまして」
「分かった。では、入りたまえ。ジェシー教授、君は帰っていいぞ。こんな時間にまで、君が残っているなんて珍しいな」
「あはは、そうっすね~確かに珍しいかもっすね。でも帰ります。疲れたんで、じゃ」
ジェシー教授は軽く笑いながら、部屋の前を後にした。だが去る間際、彼は間違いなく僕を睨んだ。何かを疑うような、そんな目で。
(……目を付けられたと考えた方がいいのか? 一応、ここは魔法の学校。アーリア様の力を悟られないようにはしたつもりだが。迂闊な行動は避けるべきか)
遠くに消えていく彼の背中を眺めながら、僕はそんなことを思った。
厄介なことになったものだ。慎重な行動を心掛け、誠実に見せるようにしなければならない。
(まぁ、今はこの人と話そう)
彼の姿が完全に消えたのを確認した後、僕は部屋に入りドアを閉めた。
「……お久しぶりですね、学長」
「お戻りになられたのですね。突然、長期欠席特別届が出された時は驚きました。連絡して下されば、こちらからお迎えに参りましたのに」
「どうしたんですか? さっきの時とは随分な態度の変わりようですね」
ジェシー教授がいた時は、学長としての威厳が確かにそこにあったのに。彼がいなくなったと確信した途端にこれだ。この人にとって、あくまで僕は一国の王としか映っていないのだろう。僕は、とっくに王ではないのに。
「先ほどは失礼な真似を。他の人間がいる前でしたから、そうするのが最善かと思いまして……」
「あぁ、そう。それより、お話したいことがいくつか。ちょっと学校生活を離れていたもので、記憶が薄れていまして。良ければ、ここでの僕の今までの活動を見せて頂けると嬉しいんですが。それと、僕がこれから復帰するのに馴染みやすくして頂きたいのですが」
「え? あ、あぁ……構いませんよ。とりあえず、立ち話もなんですからそちらにおかけ下さい。えっと、資料を用意しますので少しお待ち下さい」
(この人は……簡単だな。利用出来そうだ)
迂闊に行動出来ない以上、操り人形的な存在がいてくれると助かる。しかも、一番最適そうな人間が学校でそれなりの権力を持っている立場の者とは。
利用出来るものは人だろうが物だろうが、関係なく使う。それが、一つの近道になるのなら――。




