あの日の約束
―? ? ?―
遠い遠いあの日、俺はあいつと約束をした。初めての約束、それは俺の力を取り戻す為だけに結んだ汚い約束だ。
『――学校? 何の為に』
最初、俺は乗り気じゃなかった。当時の世界では、上流階級の男性が嗜みとして行くことはあった。けれど、そいつが言ったのは――。
『性別も身分も年齢だって関係ない。学びたいという意欲さえあれば、誰だって学べる学校を作りたい。個性や才能を、余すことなく存分に生かせるような……そうすれば、きっと――』
『はっ、無理だね。こんな争いだらけの国にそんな余裕あるように見えるかよ?』
しかも、国は鳥族との長引く戦争によって酷く困窮していた。けれど、終わらなかった。嗜む余裕すらない、そんな状況で呑気なものだと思った。
『うん、そうだね。自分もそう思う。今のままでは、夢物語だ』
『じゃあ、何で言ったんだよ。馬鹿馬鹿しい』
『……正しい学びがある所に愚かな争いは生まれない。知識は皆を豊かにする。きっと、そう思う』
『ふん、綺麗事だな』
『君は太平を司る龍だろ、そんなこと言ってていい訳?』
『元、だ。デザイアの魔女を自称していたか……まさか、あんな奴にいいようにやられ本来の体を維持出来なくなるとはな』
『魂が無事で、人の肉体を得られただけマシじゃない?』
国を混乱に貶めた全ての元凶、デザイアの魔女アーリヤ。人々のどす黒い欲望から生まれ、それを栄養に力を得る不純な存在。俺がその存在を認知した時には、もう何もかも遅かった。
この世界に生きる者達のどす黒い欲望の大きさと絶え間なさ、増大し膨れ上がるアーリヤの力の前に俺は屈した。その力は平和を望む者達の思いよりも強力だった。
より身近にあった平和が壊れ、力の源を完全に失い――俺は元々の体すら維持出来なくなった。残された僅かな余力で、俺は人間の体に入り込んだ。それを知るのは、こいつだけだった。力も薄れていたはずなのに、俺が人間ではないと見抜いてみせた。
『……不便なんだよな。しかも、元々死にかけの男だ。俺の余力で何とかって感じだ。嗚呼、少しでも争いが落ち着いてくれればな』
『若いから大丈夫だよ。若い人の力って案外凄いもんさ。それにね、自分の推測では君はきっと力を取り戻せる』
『ほ~』
『本来の姿を失ったとはいえ、魂そのものは太平を司る偉大な龍だ。君の存在そのものの影響力は薄れたとは言えども、全くない訳ではない。そうだろう?』
この体の住んでいる街では、争いを見ていなかった。俺が昔のこの体の記憶を見た限り、小さな喧嘩は結構な頻度起こり続けていたようだが。それが嘘のように落ち着いていた。
『ん~まぁ、そうか。闘争を司る兄との均衡が保てなくなってしまったが、街程度なら俺がいるだけで落ち着くみたいだ』
俺には、兄弟がいる。同じ龍で、それぞれの役目と力を持った存在。お互いに認識はしているが、直接会ったりということはほぼない。創造主によって作られ、その使命を全うし続ける。
俺らの力は、この世界のバランスを保っている。絶妙な力加減で。どちらかが極端に小さくなれば、起こることなど分かりきっている。
『徐々にその影響が広がりつつある。国から地方に、いずれは大陸……やがて世界へと広がるだろうね。現時点で比較的小さなエリアで済んでいるのは、分散させていたものを一つに集めた唯一の功績かな』
『俺らの力が増すという理由だけで、俺らもそれを許したが……ずっと後悔してたぜ』
『ま、その決断が正しいか間違ってたかということは置いておいて……君が力を取り戻す方法を簡潔に述べようか』
『……嗚呼、そうだな』
『君の辛うじて力の及ぶ範囲……そこに学校を建てる。そこで皆は学ぶ、そして愚かさを知る。どす黒い欲望を学びの意欲に変えさせる。簡単なことではない、けれど君の干渉があれば……きっと出来る。やがて、それは君の本来の体を取り戻すくらいにはなるだろう。そして、そうすれば君は平和を取り戻せる。元の拮抗した状態、あるべき本来の世界の姿へと』
当時、その言葉は信用出来るほどのものではなかったかもしれない。けれど、じっと俺の目を見て語るそいつの表情は嘘をつく奴のそれではなかった。
ただ一つ、気にかかることがあったとすれば――そいつの目には光が一切なかったこと、だろうか。平和を取り戻したいと夢を語る奴の目ではなかったことだけは確かだった。
『……気味の悪い奴だな。まぁ、いい。俺が力を取り戻せるのなら、協力してやろう』
『約束してくれる?』
『約束? あぁ、あれか。いいぜ? 守ってやるよ』




