退屈な世界を
―コットニー地区 昼―
この鎖は変幻自在のようで、僕の想像するままに動いた。僕の意思で動き、形を変えた。僕の体の一部のように、自由に動かせた。
「ああああっ! や、やめろ! やめてくれ!」
「フフフッ……」
(気安く僕に触れた罰だ……馴れ馴れしい、餓鬼が)
楽しくて愉しくてたまらない。僕が許すまで、彼は縛られ続ける。彼を見ていると、支配感に満たされた。
「――巽よ」
「っ!」
その待ちわび、求めていた声に僕の体は自然と反応した。いつの間にか、僕の隣にアーリヤ様がいたのだ。
「うわぁっ!?」
力を使うのをやめると鎖に縛られていた彼は落下し、無様に大の字になって地面に倒れた。そして、そのまま動かなくなった。気絶したのだろう、どうでもいいが。
「アーリヤ様……」
「まさか、もうここまでわらわの力を自分のものとしているとはのぉ。流石は、わらわの見込んだ男じゃ。今まで見た誰よりも凄まじい欲望を秘めておる。ちょっとタガを外せるようにしてやっただけでこれじゃ、そなたには素質がある」
僕に向ける笑顔は優しくて温かい。僕が疲れさせてしまったというのに、そんなこと微塵も気にしていない素振りで僕の唇をなぞる。
「良かった……」
「ん? あぁ、わらわが休んでおるのを気にしているとアレンが言っておったのぉ」
「だって、僕のせいで……」
「嗚呼、そうじゃ。そう思うのであればその分の恩を返せ。わらわの忠実なしもべとして、全てを捧げよ。そうすれば、わらわはそなたの居場所となろう」
彼女は力強い瞳で、僕を見つめた。その誘惑的で魅力的な紫色の瞳を見ていると、頭がぼんやりとして他のことが考えられなくなった。
「恩を……」
「そうじゃ。そなたにしか出来ぬことじゃ」
「僕……にしか」
「今のこの世界は退屈じゃ。そなたならば、その退屈さを消すことが出来るはずじゃ」
「……退屈さを消す?」
「かつて、この世界争いに満たされておった。特にここは悲しみや憎しみ、怒りに溢れたわらわ好みの素晴らしい国じゃった。じゃが、愚かな者共がわらわとしもべ達を封印した。それによって、ゆっくりとその感情は奥へ奥へと押しやられていったのじゃ。現に今は、小競り合い程度のしょうもない争いばかりが溢れておる。しかし、わらわ達が蘇った今、その子供のお遊びはおしまいじゃ。退屈さは消える。負の感情がこの国から、世界に染み渡る。争いはどす黒い欲望を生む……欲望こそ我が力の源。つまり、わらわはより一層強くなり存在を確かなものに出来る。そなたも当然協力してくれるじゃろう?」
争いが支配する世界、憎しみが渦巻く世界、悲しみで溢れる世界、怒りで染まる世界、欲望が渦巻く世界……それが彼女の望みなら、僕はそれを叶えるしかない。
かつて、それは僕が否定し、拒絶したもの。しかし、何故だか今は恐ろしいくらいに僕の中で彼女の主張は馴染んだ。
「勿論です……」
アーリヤ様の望みを叶えられれば、僕も居場所を得られる。もう失わずに済む、ならば――やるしかない。
「フフ……そなたにはこの場所以外でもう一つ任務を与えよう。ゆっくりと掻き回せ、そして崩壊へと導くのじゃ。かつて、お主が通っておった学校を」




