長い夜ではないけれど
―外 夜中―
「はぁ……」
レストランでの失態を思い出して、ため息が出た。あの後、トーマスさんに恐る恐る自分の過ちを告げたのだが、またもや彼は笑顔で全てを許してくれた。その優しさに、甘え続けていてはいけない気がする。
だが、だからと言って他の所で職を探すのは難しい。学生である僕としては、融通が利き給料もいい今の所が働きやすいのだ。
(いいのかなぁ……でも、家からも学校からも近いんだよね。は~でもなぁ)
誰もいない道の端を、憂鬱な気分で歩いていた。人気のないこの道を通るのにも慣れた。ずっと、いつもこんな沈んだ気分で家に帰り続けている。
そんな家に帰っても、誰かがいる訳でもない。僕の愚痴を聞いてくれる人もいないし、慰めてくれる人もいない。僕には広過ぎる家で、ただ寝るだけ生活。まさに、孤独。
(どっちが良かったのかな? 使用人付きのこじんまりとした部屋に住むか、完璧な警護と防犯対策も万全の豪邸に一人で住むの……どっちもどっちか)
僕がこの国に身分を隠して来れる条件として、英国から出されたのがそれだった。一国の王である僕を、一般人と同じように過ごさせるのは危険だというのが理由だった。
自分の身くらい自分で守れると主張したのだが、万が一の際、責任を問われるのは我々だと強く言われ、仕方なく妥協したのだ。
(でも、外出先に監視をつけるのは勘弁して欲しいね……)
外に出る度、視線と気配を感じる。完璧な警護とはこういうことだったのか、と察しもう諦めている。家の中にまで入って来ないのはいいが、外にはどれだけの人が僕なんかの為だけに働いているのかと思ってしまう。申し訳ない気持ちでいっぱいだった。寒い日も、暑い日も、天候が荒れる日も――。
(やっと家か)
歩き続けていると、煉瓦造りの大きな門が見えてきた。そこまで遠い距離ではないけれど、億劫な気分で歩いていれば自然と足が重くなる。いつも、異様に時間がかかっていた。
その門の前には、屈強な男性が二人立っている。不審者を入れない為の門番だ。僕が見えると、門が開かれる。
「お疲れ様です」
門を通る時、僕は彼らにそう呟いて会釈をした。
「巽様こそ、お疲れ様であります」
「いい夢を、巽様」
彼らは、僕のその言葉に優しく返してくれた。すっかりこれは習慣だ。これは、僕が出来る唯一のことだった。声をかけることくらいしか出来ないのが情けない。いつか、落ち着いた時にはもっと大きなことをしよう。
(彼らだって、こんな所を守りたくないだろうに。どうせなら、本当の主のいるお城を守りたいだろうな。それなのに、僕みたいなよそ者なんかを……)
そんなことを考えながら整備された道を進んでいくと、噴水と庭園が見えてきた。そして、その向こうには僕一人には勿体なさ過ぎるくらいの豪邸が構えていた。明かりのついてない豪邸は、真っ暗で不気味だ。
でも、それが今の僕の家。帰ったら、さっさと明日に備えて寂しく眠ろう。そんなに長い夜ではないけれど。