依存し求める
―アーリヤの邸宅 朝―
翌日、僕は朝日の暖かな光で目覚めた。とてもぐっすりと眠れて自然と目覚め、不快に感じることもなかった。そして、僕はすぐに用意された部屋を出て、アーリヤ様を探した。
しかし、彼女は見つからなかった。想像以上にこの家が広過ぎて、正直迷子になってしまいそうだった。早く慣れなければ。
(いない……もしかして、まだ疲れが癒えてないのかな)
心配だった。僕はこんなにも元気に歩き回っているのに、彼女は僕のせいで――。
(いや、考えちゃいけないんだ。考えることは、僕から居場所を奪うんだ。何も考えちゃいけない。何も……)
現状、僕はその単純な命令にすら従えていない。だから、現状として動き回っている訳だ。
「こんな所に迷える子羊ちゃんかな?」
広間らしき場所で立ち止まっていると、背後から声をかけられた。振り返ると、そこには首元で長い金髪を結った男性が微笑を浮かべながら腕を組んでいた。
「貴方は……」
「おや、酷いな。忘れてしまったのかい? まぁ、学校のカフェの店員なんて覚えてる訳ないか。でも、俺は君は印象に残りやすいから覚えてるよ」
彼はやれやれと首を横に振って、僕にゆっくりと歩み寄った。
(また会ったことがあるはずの人、か)
相手は知っているのに、僕は知らない。かなりモヤモヤして堪らない、どうして何も思い出せないのだろう。
「かなり遠回りになってしまったが、ようやく彼女の願いは叶えられた。やれやれ、コットニー地区の役立たずのゴミ共は、折角だから君の管理下に置こうかな」
「コットニー地区……?」
「おいおい、君は忘れっぽいのか? あれだけの目に遭っておきながら……妙と言っていたのはこういうことか? まぁいいか、行けば分かるよ」
怪訝そうに眉をひそめて、どこか呆れた口調で彼は言った。
「はぁ……」
記憶のない期間のどこかで、どうやら僕はそのコットニー地区で酷い目に遭ったらしい。ちっとも覚えていないが。
それにしても、記憶のない間に僕は色々面倒なことをやらかしている気がする。他にも調べれば、出て来そうだ。
(不幸体質なのかな……)
「そういえば、一方的に話しちゃったけど……君はこんな所で何をやっていたの?」
「え? あぁ……アーリヤ様を探してて……」
彼との立ち話のお陰で少し忘れかけていたが、僕はアーリヤ様にお礼を言う為に歩き回っていたのだ。その努力は報われず今に至る訳だが。
「なるほど、君はそういうタイプなのか。ドールに言われただろう、彼女は疲れていると」
「ドール……あの黒い少女のことですか」
「そうだよ。疲れた者を叩き起こしたい訳じゃないんだろ? なら、大人しくしていればいい。いずれ、また会える」
「……でも」
自分でも分からない、彼女に会いたいという気持ちが大きくなっていく理由が。会ってはいけない、疲れている、そう言われて居場所を教えて貰えぬ度に溢れそうになる。
「はぁ。厄介なタイプだ、君も」
「どうしても、どうしても会いたいんです。何も言えなくていい、たた無事な姿さえ見られれば……この気持ちも落ち着く気がするんです」
考えてはいけない、言われたことだけを忠実にこなせばいいことは分かってる。だけど、心が言うことを聞いてはくれない。
「考えなければいい、ドールはそう言っただろ? でも、それは心を本来持たぬ者の短絡的なアドバイスだよね。無理に決まってるさ。自我があるんだから。そんな君には演技をオススメする」
「演技? でも、僕にはそんな技量……」
「そんなに特別なことを求めている訳じゃないよ。やってみると、案外出来るものさ。そうだなぁ、真似をするだけでいいんだよ。例えば、君の憧れる人の真似とかね」
憧れる人――僕の脳裏に浮かんだのは、父上ただ一人。決断力に判断力、他者を導く力。王として恥じない力、存在感……僕にない全てを持っている。その後を継いだ自身が惨めだと感じるほどに、父上は素晴らしかった。
そんな素晴らしい父上の真似をしてもいいのだろうか。僕に父上の真似が出来るのだろうか。
「その顔だとイメージ出来たらしい。さて、演技の練習も兼ねて……行こうか。ここに居続けても、彼女のことを探し始めてしまうだろうから、さ」
困惑しつつも、僕は彼に連れられて家を出た。




