不気味な歌
―コットニー地区 夕方―
「コルウス、君は星が好きなの?」
うっかり口に出してしまった単語。気付いた時には、もう遅かった。
「あ? ほし? 何それ?」
コルウスは、怪訝そうな表情で僕に顔を向ける。そう、決してこれは彼が無知であるからこんな反応を示してる訳ではない。
「あ……いや、ごめん。何でもない」
本来、この世界に「星」という概念は存在しない。僕も前までは、それを知らなかった。この世界での共通認識として、夜空に輝くあの無数の光は「電気」であるとされている。
それが常識として、植えつけられているこの世界の住人にとっては「星」というのは、生まれて初めて聞く単語になる。故に、僕が「星」という単語を発しても理解して貰えないのだ。
『星は何て言うんだい?』
『スター。そう、俺みたいに……』
ゴンザレスとの勉強の日々、向こうの世界で「星」は他の言語でも、表すことが出来るものだというのを学んだ。まぁ、僕が知っているのは英語と日本語での呼び方だけだが。
「変なの。まぁ、いいけど。つーか、タミって迷子になってこんな所に来ちまったんだろ? 急に襲った詫びとして、とりあえず人が多い場所まで送ってあげようか? いくら兄さんが凄い奴でも、こんな所にいたら変なのにマジで目をつけられるから」
「そんなに?」
「……人なのに人の心を持ってねぇ。利益になるなら、何でも利用する。それがここを牛耳ってる。恐怖でな。特定の個人の情報を簡単に手に入れて、それを武器に脅しをする。命が恋しい奴らは、その武器を前に跪くしかない。その武器に屈さないなら、容赦なく殺す。老若男女問わない。ある意味で平等。な? 嫌だろ。わしらみたいになりたくなきゃ、さっさと出て行くんだな」
コルウスは悲しげな表情で、僕を見据える。それで僕は、この地区の惨状を少しだけだが察することが出来た。この地区は、人の組織が牛耳っている。また、彼らはここに住む者達を分け隔てなく脅し、強制的に働かせている。しかも、安い賃金で。
ここは追われるカラスが身を隠すには、いい場所かもしれない。利用されるだけされ続ければ、生きることは出来る。彼らに種族は関係ない。使えるものは使う。使えないのなら、切り捨てる。悍ましい。血の気が引いていくのを感じた。
「……コルウス、君も――」
「ふん、わしの話を聞けば分かるだろ。ここに住む奴は、それにすがって生きてる。危険な綱渡りだ。でも、わしらはその綱渡りをやめられねぇ。仕方がないんだよ、もう。さて、そろそろ行くかぁ。あんまり長話してっと、奴らが来ちまう」
笑顔を浮かべて、コルウスはくるりと方向転換して歩き始める。一瞬だけ見えた、その笑顔はとても悲しそうで儚かった。そんな彼にどう声をかけるべきか分からず、僕はただついて行くしか出来なかった。
そんな時――。
「〇◇×▽▼●~♪」
どこからともなく、理解不能な歌が聞こえた。それは音楽に乗せられて、大きく響き渡る。これは英語ではない。それだけはすぐに理解出来た。
(何だっ……この歌は!)
この歌を聞くと、酷く頭が痛んだ。ついて行くのも辛い。しかし、そう感じているのは僕だけみたいだった。
「あ~時報か。もう六時だってよ。やれやれ……ちょい急ぐぞ」
コルウスは、歩く速度を上げていく。僕は、それについて行くのに精一杯だった。次第に耳鳴りもし始め、視界が歪むほどの目眩が起きる。
「うぁ……」
思わず声が漏れ、咄嗟的に口を塞いだ。幸い、その声はコルウスには聞こえていなかったみたいだった。
(頭が割れそう……それに吐きそう……)
この短時間、流れてくる歌を聞いているだけなのにこの地獄。似た経験を前にもしたことがある。歌を聞いただけで、気が狂ってしまいそうなほどの苦痛を感じるのだ。
しかし、この苦痛はいつぶりだろう。もう随分と前のことのように感じる。それに、もう終わったことだと思っていた。思っていたのに。
(駄目だ……このままでは)
意識が朦朧とする。コルウスの背中すら追えなくなっていく。それでも、抗おうとした。
だが、この現象を前に僕の中の小さな抗いなど意味を成すことはなかった。




