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僕は僕の影武者~亡失の復讐者編~  作者: みなみ 陽
第十三章 邪悪な手
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守る意義

―森 夕方―

(……嘘、だったのか?)


 あの場所を出て、どれくらい歩き続けただろう。日はすっかり暮れて、周囲は暗く染まった。外に出ればすぐに知れるはずの情報は、この不気味な森にまで来たというのに未だに得られていない。


(僕の考えるすぐとは違う……か。僕は一体、いつまで歩き続ければいい?)


 僕には帰る場所がない。もう、どこにも。どこかにある居住地も分からない、通っているはずの学校の場所も分からない、どこに行けばいいのか。

 国に逃げ帰ったとしても、僕がいる意味がそこにない。僕より優れた存在が僕の代わりなんて馬鹿げてる。こっそりと身を引いた方が、国の為にもなるだろう。どうせ誰も困らない。


(……ねぇ、僕はいる存在かな?)


 すがるような気持ちで僕は、中にいる彼に対して問いかけた。もしかしたら、彼なら――肯定してくれるかもしれない、と。しかし、返事はなかった。今の僕には唯一、心を許して話せる相手だというのに。

 元々僕からの行動にほとんど答えることのなかった彼だが、あの日以降、気配そのものを感じなくなった。いるはずなのに、まるで眠りにでもついてしまったかのよう。ピーターさんの魔術の影響で、それほどまでにダメージを受けてしまったのだろうか。


(誰でもいい、教えてくれ。僕はいるのか、それともいらないのか)


 答えは一つだけ、本当はとっくに分かってる。情けで僕はここにいる。この世界に同じ人物は二人もいらない。どちらかが消えなくてはならない、それが理であり常。それに反しているのは、僕だ。最初からいた僕が、不要物になったのだ。

 世は最高を求める。欠陥品を求める人がいないように。欠陥品は僕、最低はこの僕。同じ物で上回る存在があるなら、誰だってそれを必要とするだろう。しかし、それでも僕は生きなくてはならない。


「――美しい顔じゃ、わらわのシモベに相応しい」

 

 路頭に迷っていた僕の頭上から若い女性の声がしたかと思えば、辺り全体に禍々しい邪悪で強大な力が溢れ始めた。あの少女の時に感じたものと似ていた。


「こ、これは!?」


 自然と足がとまり、咄嗟に身構えて状況を確認した。すると、景色は一変していた。空が毒のような紫に染まり、森全体も紫色の霧が覆っていた。


「素晴らしい力じゃろう? 今まで何度か感じたことがあるはずじゃ、わらわのこの力を」


 背後に人の気配を感じ振り返ると、そこには紫色の髪を持った耳の尖った女性がいた。彼女は怪しく微笑むと、一度瞬きしたその瞬間に目の前に迫り、僕の頬に触れた。


「もう既に体は、わらわの力を受け入れようとしておるのぉ。もう一押しと言った所か」

「っあ!?」


 女性を紫の光が覆ったかと思えば、それが僕の体に入り込んできた。


「や……め、ろ」


 この力は体に入れてはいけない、本能的にそれを理解して僕はそれを押しのけようとした。だが、僕の微力の抵抗では強大なその力を拒絶することが出来なかった。

 僕の体はスポンジのように、その力を吸収し続けた。次第に体に力が入らなくなり、その場に倒れそうになった。それを彼女が受けとめると、僕を優しく抱き締めた。


「はな……っあ!」


 抱き締められた瞬間、心を切り開かれ覗かれているような感覚に襲われた。早く逃げなければ、そうは思ったが体はもう自由に動かなかった。


「ほう、巽。そなたは孤独と劣等感を感じておるんじゃのぉ。居場所がない、居場所が欲しい。でも、大切な人達を傷付けたくない……辛いのぉ」

「見るなっ! どうしてこんな……何故、名前も……」

「わらわの力を受け入れた体のことくらい、すぐに分かる。それに、隠し切れる真実などない。じゃが、後一歩で何かが邪魔をする……ん? あぁ、これが心の中に入り込むのを拒絶するんじゃのぉ」


 彼女はそう言うと、僕のつけていたペンダントに触れた。小鳥から貰った大切な物、異世界への扉を開ける大切な鍵。小鳥から託された僕の使命。この世界にいることが許される唯一の存在意義。


「邪魔じゃの、こんな物。もうそなたには不要じゃろう?」


 彼女は、ペンダントを投げ捨てた。カチャッと小さな音を立てて、それは近くの地面に落ちる。


「あぁ……うううっ!」


 ペンダントが僕から離れた瞬間、切り開かれ覗かれていた心にどす黒くて汚い何かが流れ込んでくる感覚に襲われた。


「あ゛あ゛あ゛あ゛っ!」


 苦しみに悶えながらも、投げ捨てられたペンダントを再び取り戻そうと手を伸ばしたが、女性に抱き締められたままの僕の手には届かなかった。


「こんな物があった所で何になるというのじゃ? この世界にそなたの居場所はどこにもないのに、こんな物を守って何になる? お前を必要としない国の為に頑張って何になる?」


 彼女は、僕の耳元でそう囁いた。


「っ!」


(何にもならない……)


 頭の中で何かが割れるような高い音が響いたのと同時、目の前が闇に染まった。


「もう国の為に頑張らなくて良い。フフ、わらわがそなたの新たな居場所となろう――」

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