曲者
―コットニー地区 夕方―
「……ったく」
僕と彼は、道の脇にあった石造りの階段で並んで座っていた。彼は少し不機嫌そうに、肘をついている。
「ごめんね、ちょっとからかっただけだよ」
「は~」
「でも、急に殴りかかってくるのはよくないよ」
「仕方なかったんだよ……わしは今、金持ってねぇ」
そう嘆く、彼の表情は暗かった。よく見れば彼の服は薄汚れていて、また彼自身も酷く汚れている。顔が汚れているのは、僕のせいだけど。
「そう……か」
彼の苦労は、想像もつかない。僕は生まれながらにして、生活に困るということはなかった。食事も服も、娯楽も全て楽しめた。それが、彼には困難で出来ない。先ほどのような手段に出るというのも、生きていく為に仕方なくだったのだろうと思う。今、一対一で話していてそれを感じた。
「今日一日飯食ってねぇ。我慢出来なかったんだ。何でもいいから……食いたかった。でも、食うには金がいるだろ。この世界は金だから。生きてく為に働いても、金にならん」
「どうして?」
「下っ端みたいなことしかしてないし、そもそも……いや、これは兄さんに言っても仕方がねぇ。はーてかさ、兄さんなんでこんな所に来た訳? 絶対に帰った方がいい。ろくな目に遭わんぞ」
前髪によって僅かに隠れた瞳で、僕を見つめる。僕は目線を外して、あまり顔を見られないように横に向ける。
「あ、あぁ……ちょっと道に迷って」
僕は嘘をつくのが、とても下手くそらしい。顔に嘘をついてますとはっきりと出てしまうくらいで、大体の人に見抜かれる。
僕の嘘に気付かないのは、純粋な子供くらい。だから、顔を隠すことが一番の方法であると僕は学んだ。
「道に迷うってことは、ここら辺の人じゃない訳か」
「最近、ここに来て……ハハ」
「厄介な所に足を踏み入れたなぁ、兄さん」
「……そんなにここって危険?」
まぁ、あの本の文章にも治安が悪くて王に見捨てられたと書いてあるくらいだから、相当に危険は伴うのだろう。
そういえば、作者も危険を冒してここに住んでいると書いてあった気がする。あの本は、あまり古い物ではなかったから、今もそれはそんなに変わっていないということだろう。
「まぁ、兄さんみたいな曲者なら、大丈夫かもしれねぇな。分かんねーけど。でも、ここに住んでるわしでも、あまりこの時間に外をぶらつきたくないって感じ。悪趣味な奴か……光の当たらない場所でしか生きられないような奴しか寄りつかない。この国にずっと住んでる人間なら、死んでも近寄りたくない場所だろうよ」
彼は鼻で笑った。
「じゃあ……カラスとかもいたりするの?」
僕は逸らしていた顔を、再び彼の方へと向けた。すると、彼は俯いていた。
「……かもな。てか、どうしてそんなこと聞いてくんだ?」
「ちょっと気になってて。よく話は聞くからさ」
「知らない方がいいと思うぜ? 関わらない方が、幸せになれるぜ。多分」
「そんなに凶悪な存在?」
僕がそう問うと、彼はビクッと反応した。そして、少し間を置いて答えた。
「そう見えるなら……そうなんだろうよ」
その声は、少し震えていた。表情は俯いていてよく見えないし、長過ぎる前髪が余計にそれを分かりにくくさせる。
「そうなのかぁ……カラスが皆、そうなのかなぁ。僕は関わったことがないから分からないけど……もしかしたら、全員はそうじゃないんじゃないかなぁって思ったりもするよ」
忌まわしき技術を海外に伝えたのは、カラス。でも、それをやったのはカラス全員ではないはずだ。
きっと、カラスも人間と同じように悪い奴がいて、それに焦点が当てられ過ぎてこうなってしまっているだけなのかもしれない、そう僕は思っている。
「兄さん、マジで変な奴。あまりそういうこと、外で言わない方がいいよ」
そう言うと彼は立ち上がり、困ったような笑顔を浮かべながら空を見上げる。
「ま、わしは嫌いじゃないけどな。な、よかったら名前教えてくれよ」
「え? あぁ……タミだよ。君は?」
「タミ、か。女の子みたいだな。わしの名前は、コルウス」
「男だよ。よろしくね、コルウス」
僕もコルウスが見上げる空を見た。空が、ゆっくりと橙色から深い青色へと変わっていこうとしている。そこには、綺麗な沢山の星々が輝いていた。




