彼を助けて
『お願い……彼を――巽様を助けて』
―ゴンザレス 闘技場建設地 朝―
目の前に悠々と構える煉瓦造りの円形の建物。まだ、未完成であるが存在感は抜群だ。
(流石は俺が設計しただけはある……まぁ、イタリアにある奴の丸パクリだが。こっちの世界にもあるのかね? 怒られたりするかな? ま、どっちもでいいか。パクったんじゃない、オマージュだってことにしよう。うん、そうしよう)
一世一代の国家プロジェクトと言えば聞こえはいい。そうであることに変わりはないが、あくまで綺麗に言った形である。
「……かなり完成して来たわね」
建設の様子を眺める俺の隣に、美月が立った。相変わらず存在感がないもので内心かなり驚いたが、それは悟られないように巽らしく笑顔を作った。
外にいる時、特に人に見られている時は巽らしさをなるべく失わないようにしなければ。
「あぁ、楽しみだよ」
「あんまり賛成は出来ないけどね」
「けど、賛成が出来なければ反対も出来ない。そうだろう?」
「……っ」
俺が巽の代わりに統治している武蔵国……財政状況はあまり芳しくなかった。原因は、戦争と貴族の勢力の衰えだ。これに関しては俺にいくらかの問題もあるので、俺は俺なりの責任を取ることにした。それが、この闘技場の建設だ。
「でも、やっぱり命がけなんてどうかしてる。最悪、死ぬのよ」
「だけど、物好きと変わり者はいるものさ。命とお金を失ってでも名誉を得たい者が。実際問題、建設費用は全部それで賄えた」
建設費用全額を肩代わりするという国一番の商人が現れたことが大きい。彼は元々、遊郭で大金を使うことで財政力を示していたらしい。だが、戦火で全焼した為にそれが出来なくなった。
そんな時に俺が提案した闘技場、大臣達の反対が大きかったので王の権力で勝手にやったが、まさかの救世主だった。
「……後戻り出来なくなった」
「戻る必要なんてない。僕らに必要なのは、前に進むことだけ。その道が茨かそうじゃないかなんて、些細なことなんだよ。重要なのは結果、まだそれを得られる時じゃない。もし、これが大失敗に終わったら革命でもクーデターでも何でも起こせばいい。僕にはそれだけの覚悟がある」
確かにもうここまで来ると、やっぱりやめるのでなかったことにして下さいなんて言えないだろう。言うつもりもないが。そんな中途半端な心構えでやってない。小鳥が守りたいと願ったこの国を、俺が代わりに守らなければ。
「それにね、皆飢えてる。綺麗ごとばかりのこの国で、刺激に。だからこそ、色んな人達が協力してくれたんだろうね。特に富裕層の人達の存在は大きかった。彼らは、お金を自分達の娯楽に使う余裕があるからね」
参加するにも参加費用を取るし、観戦するにも席によるがお金はかかる。けれど、事前販売のチケットは全席完売した。俺の想像以上に期待がかかっていることが分かった。
なので、参加できなくても賭けで楽しむことも出来るようにした。結果で多額の金を失うこともあれば、得ることもある。参加者の実力や運に委ねたギャンブルだ。
(お金の得方をどうこう言ってる場合じゃない。資金源が大幅に減ってきているんだ、無理矢理奪ってないだけマシだと思って欲しいもんだぜ……)
「ねぇ」
すると、美月がかなり距離を詰め、少し背伸びをして俺の耳元で囁くように言った。
「あんたの中で、巽はこんな人間な訳?」
これを言われたのは何度目か、俺が何かしらの決断をする度にこれを言う。
「はぁ……ん゛ん゛っ」
俺は息を吐いて、喉の調子を整えた。巽ではなく、俺に切り替える為に。そして、俺も囁いた。
(まぁ、今日の視察について来る時点でこれを言ってくる予感はしてたけど。毎度毎度これはウザいから、ちょっと煽るかな。いい感じにいけば、俺の代わりに美月を……)
「いつまでもあいつを子供扱いするな。俺は俺なりに推測して、巽が巽に戻った時に違和感なく出来るようにしているつもりだぜ」
「あの時のあの子とは違う。それとも何? イギリスに行って、またおかしくなってるって言いたいの?」
(おかしくなってる……か。それはそうかもしれんが、俺がこうしてるのはイギリスで成長したあいつのことを見据えただけなんだが……まぁいいか、美月が代わりに行ってくれればそれで)
嗚呼、怖い怖い。隣で無表情で声からも感情が伝わってこないからか、こういう距離での圧迫感は異常だ。
「俺の言うことが信じられないってなら、自分の目で確かめて見てみりゃいいだろ? それが一番手っ取り早い、俺は強い奴に闘技場に参加して貰う為に、直接媚を売りに行く予定でびっしりだからよ」
「……あっそう、なら行ってやるわ」
美月は俺を貫くような冷たい視線で睨むと、こちらに背を向けて去っていった。
(あの夢で聞いた小鳥の声……どうして助けを求めているのか、何故巽を救う必要があるのか……あれはただの夢なのか。それを確かめる為にも頼んだぞ、美月)
美月の静かに怒る背中を見つめながら、俺は心の中で密かにそう言った。




