黒き少女
―ジェットコースター乗り場 朝―
「――ご来園の皆様に、お詫びとお知らせを申し上げます。本日は閉園となります。今回、相次いで不具合が発生したことにより、お客様の安全上の問題に影響が出ると判断致しました。これより、魔術機能の緊急メンテナンスを行います。よって、全アトラクションを停止します。お客様にはご迷惑とご心配をおかけしますが、何卒ご了承下さいませ。本日のチケットは払い戻しとなります。繰り返し、皆様にお伝え申し上げます……」
「はぁ……はぁ……」
意識の戻った先、そこはジェットコースターの乗り場だった。沢山の人でごった返していて騒がしく、皆不満そうな顔で出口に消えていく。
そんな中で、いつの間にか僕はただ一人乗り場にあったベンチに腰かけていた。
(夢……?)
服どころか肌も燃えていない。汚れも一切ないし、あんな火に飲まれていたということが嘘のように思えた。もしも、あれを夢という一言で片付けられたらきっと楽だ。
「試練体験出来なかったのショックだよ。じわじわ上がって落ちただけじゃん」
「並んだ意味~」
(いや、違う。あれは夢なんかじゃない。確かにそこであったんだ。また、僕だけがあんな体験を……)
何か奇妙なものを感じる。血の館の時もそうだった。僕以外は変な空間に入らず、起こったエラーを知っている。でも、それを僕は知らない。
(どうして? なんで?)
僕は暴こうとしていた、この遊園地の闇を。きっとそれは多くの人が体験しているかもしれないし、していなくても巻き込まれていると思ったから。
ただ、現状はそうとは言えなかった。この場では、少なくとも僕だけがそれを体感し巻き込まれている。他人の表情を見る限りでは、とても火に焼かれたとか瓦礫に埋まりそうになったという言葉は信じて貰えないような気がした。いや、信じて貰える訳がない。
(それに、いつの間に僕はベンチに? 無意識の内に戻って来たのか? それはヤバくないか? いや、流石にそれは……誰かがここまで連れてきてくれたのか……)
ベンチで考え込んでいると、目の前に人が立った。下を向いていた僕には、真っ黒な靴と白い靴下しか見えなかった。
「ん?」
何者かと顔を上げてみると、そこには――。
「君は……!」
僕の隣に座っていた、あのゴシックファッションの少女がいた。今の今まで忘れていたが、その格好を見てすぐに思い出した。
「ウフフ、ようやくお目覚めですわね。何か悪い夢でも見ていたのですか?」
黒を基調としたワンピースに、ゴシックメイク……少し目を引く少女だった。だから、隣にいただけのこの少女のことが脳の片隅に残っていたのかもしれない。
僕にも同い年くらいの妹がいるが、彼女は明るい色の方を好んだ。他の年頃の子もそういうのを好んで着ていたから、この少女の格好を見て僕は少し驚いた。僕の価値観を変える出会いだった。
「あ、いや……」
「そんなに戸惑わなくても」
少女は口に手を添えて、優しく微笑む。戸惑わない訳がない、僕よりずっと年下なのに雰囲気がそうじゃないから。
「まさか、君が……僕を?」
「運んだのは私ではなく、係員の方ですわ」
「じゃあ、君はなんで――」
「係員の方は全員忙しそうでしたから、隣に座っていた私に任せるよう提案したのです。最初は戸惑われていましたが、最終的には折れて頂きました。しかし、気絶してしまった貴方のことを誰よりも心配していたのは係員の方々です、私はただ皆様の負担を減らしたかっただけ……とにかく、ご無事でなによりですわ」
(なんか……かなり大人びているというか、見た目に反したギャップが凄いというか……)
「そ、そうかい……ありがとう」
「いえ、私はこれで……御機嫌よう」
少女は優雅に裾を持ち、足をクロスさせた。
「あ、あぁ、うん……御機嫌よう?」
彼女は、僕に背を向けて歩き始めた。
僕は少女の雰囲気に気圧され、お礼を言う暇もなかった。そして、本当に何もなかったのかなどの疑問をぶつけるチャンスを逃したことにも気付けなかった。
「また会いましょう――」
去り際、彼女は顔を少しこちらに向けながら確かにそう言った。
「え?」
僕がその言葉の意味を確認する間もなく、彼女の向かう先はぐにゃりと歪み、黒い空間が発生した。そして、彼女はそこに迷うことなく突き進み姿を消した。
そして、その時に僕は感じた。何かを飲み込むような、禍々しくも圧倒的な力を。




