全身複雑骨折
―コットニー地区 夕方―
僕がそう大きな声ではっきりと、後ろにいる誰かにも聞こえるように叫んだ瞬間だった。
「手荒な挨拶ですねっ!」
その何者かが、何を思ったか突然僕に攻撃をしかけてこようとしたのだ。
しかし、僕はそちらの方に関しては幼い頃から血を吐くような努力をして頑張ってきた。つまり、こんな気配の消し方が下手くそな奴に不意打ちを食らうほどではないということだ。
「があっ!」
背後から殴りかかってきた人物の方に向いて、簡単な蹴りをして少し離れた所まで吹き飛ばした。
そういえば、いつの間にか魔法と一緒に繰り出す武闘攻撃も出来るようになった。昔は、あんなに出来なくて苦しかったのに。出来るようになれば、どうして出来なかったのかも分からなくなる。
「んな……アホな……」
大の字になって地面に倒れる黒髪の少年の所に、ゆっくりと歩み寄る。年齢は十四、五歳辺りだろうか。
(彼は……もしかしたら――)
僕の足が見事に顔面に当たり、成すすべもなく彼はその醜態を晒すはめになった。防ぐ素振りも見せなかった。襲ってくるのだから、それなりの技術は持ち合わせているのではと思っていたが。
(既視感があるな……うん)
思い返されるのは、ゴンザレスと出会ったあの日のこと。あの衝撃だけは忘れることは出来ない。
まさか、あの開かずの扉が本当に異世界に繋がっていて、しかも、もう一人の僕が現れるなんて。
そして、扉から出てきた反動でもう一人の僕であるゴンザレスは、今の目の前の彼のように醜態を晒してみせた。
「大丈夫ですか?」
「……あー骨が砕けたわー。あー立てねぇ。あーどうしてくれんのー?」
彼は天を仰いだまま、その体勢でぶつぶつと言い始めた。
(そんな強い力でやった覚えはないなぁ)
「そうですか、それは大変申し訳ないことをしてしまいましたね」
「全身複雑骨折だわー慰謝料出せよ」
「う~ん」
彼の顔の近くで立ち止まって見下ろした。僕の足をもろに受けとめたにしては、綺麗なままだ。そもそも、あの程度の簡易な蹴りにちょっとした風の魔法を加えただけで、全身複雑骨折はありえないと思う。石畳なのを考慮しても、彼の吹っ飛んだ距離と高さは目に見えるほど僅かだった。
「何だよ!?」
僕はその場にしゃがみ込んで、複雑骨折をしているかもしれない腕を掴んだ。
「おい、やめろよ!」
彼は、何だこいつと僕を睨む。ちょっと、折角なので彼と遊んでみることにした。
「僕ね……ずっと興味があったんです。骨が粉々になった場合の人の反応に」
「ん? ん?」
「全身複雑骨折されたんですよね? またとない機会ですし、粉々にしてみたいかなと。いやー綺麗なままの骨をやるのは抵抗があるんですけど、ちょっと壊れた骨ならやってもいいかなって思ってた所だったんです! あ、その後で、慰謝料はお支払い致します。金額も跳ね上がって、WINーWINだと思うんですが……」
「ま、待ってよ! それ、わしに得ないよ!? 嘘、嘘だから! お金が欲しかっただけなんだ! 何か雰囲気で金がありそうな奴が来たから……頼むから骨は粉々にしないで!」
そう彼は叫び、僕の手を振り払って立ち上がった。
「アハハ、知ってたよ、それは」
ちょっと、からかってみただけなのだ。あの時、僕の反応を見て笑った赤髪の少女の気持ちが分かった気がした。




