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僕は僕の影武者~亡失の復讐者編~  作者: みなみ 陽
第十一章 失われた思い出と新たな思い出
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ありがとうとさよならを

―デボラ ? 夜中―

(ん……?)


 目を閉じていても分かるくらい、眩しさを感じた。何かが爆発したかのような眩しさ、何があったのかと私は目を開いた。


(ここは……マシューの部屋? でも、隣にいるトーマス以外に認識出来る物が何もない)


「なんだい、これは!」


 全体が真っ白な光に包まれていたが、不思議なことに目は開けていられた。目を開けているまで感じた眩しさも、今はなかった。


「あんた! あんたってば!」


 こんな中、隣で呑気に眠っているトーマスを思いっきり一度叩いた。しかし、彼は目覚めない。そんなに大したことはしていないのに、どうしてこんなにぐっすり眠っているのか不思議なものである。こんなに気持ち良さそうに眠っているのを見たら、何故か凄くむかついた。


「起きなっ!」


 その怒りに任せ、私は彼を蹴飛ばした。


「おぐぇっ!?」


 すると、彼はようやく目を開けた。私の蹴った横腹を押さえながら、驚愕の表情を浮かべてこちらを見る。


「大変なことが起こってるのに、どうしてそんなに呑気に寝てられるんだい!」

「は? え……ぉぅ!?」


 しかし、すぐに蹴飛ばされた衝撃よりも周囲の状況の変化の方にその感情は向けられた。


「おいおい……どうなってんだよ、これ!」


 マシューの部屋は、私達が目を覚ますと真っ白な光の空間へと様変わりしていた。タミやマシューの姿も見当たらない。


「まさか……私達死んだのかい? でなきゃ、こんなの――」

「母さん達は死んでなんかないよ」


 声がしたと同時に、遠くに小さなぼんやりとした人影が見えた。そして、その声は他の誰でもない――マシューのものだった。


「は……?」


 じゃあ、私達は揃いも揃って夢でも見ているのだろうか。もうマシューはこの世にはいない、魂はピーターによって救われたはずだから。


「俺もよく分かってないんだけどさ、奇跡には甘えちゃおうよ」

「嘘だろ……マジかよ」


 人影は、私達の方に歩み寄るように接近した。ぼんやりとしていた形が、徐々にはっきりとし始める。見慣れた髪型、見慣れた背丈……私達の愛したマシューの姿へと近付いていく。


「時間は、ちょっとだけみたいだけどね」


 そして、ついにはっきりとした人の姿が現れた。照れ臭そうな笑みを浮かべて私達の前にいるのは、紛れもなくマシュー本人だった。


「久しぶり……って、まぁさっき話したばっかりだけど。俺自身の姿でちゃんと話すのは……って、あんまり考えたくないね。時が経つのはあっという間だね、父さん母さん」

「本当に……マシューなんだね?」

「タミ君じゃないよ、俺さ」


 そう言うとマシューはその場にしゃがみ込み、私とトーマスの手を確かめるように両手で触れた。とても、温かかった。人の温もりを確かに感じた。まるで、肉体がそこにあるかのような感覚だった。


「触れた……やっと……!」


 マシューは、その目に涙を浮かべた。


「死んでからずっと母さん達に触れようとした。けど、出来なかった。呼んでも叫んでも、声すら届かなかった。そんな中で、一階から香る料理の匂いだけが俺の心を癒してくれた。それだけが支えだったんだ……それが、タミ君のせいで奪われたと思った。俺が守りたかったものを奪った。それに、奴の気配も感じたから殺そうと思って……ごめん」


 マシューは唇を噛み、悔しさを顔いっぱいに滲ませた。


「なぁ、奴って誰なんだ? さっきもあいつだのなんだの言ってたよな?」

「秘密結社フィーニス……噂程度の存在だから、二人は知らないだろうけど……それの社長。王とも繋がってる、裏の王だ。特徴的だから見れば分かると思う、若いのに白髪で全体的に透き通るように白くて……目を見ると何か吸い込まれるような力を感じる。あいつは表舞台にも平気で出る。だから、近付かないで。俺は二人には、寿命を全うして欲しいから」

「話がでか過ぎて、全く理解出来ねぇよ……」


 トーマスは眉間にしわを寄せて、首を傾げている。そうなるのも無理はない、秘密結社など裏の王だの子供の作り話のような単語が次から次へと出てきているのだから。


「だろうね、父さんは昔から難しい話は苦手だから。とにかく、真っ白で目に何か力を感じる人には決して近付かないで欲しいんだ。それに関係のある人にも……ね」

「……今、俺をサラッと馬鹿にしなかったか?」

「え? あ……いや、してないよ。そ、それより……タミ君はいつまでここにいるの?」


 マシューは焦りの表情を浮かべ、慌てて話を切り替えた。彼の中では、今も昔のトーマスのままなのだ。怖くて気難しくて、やや面倒な人。そんな人に、つい本音を言ってしまったことで焦ったのだろう。

 それが、ちょっとおかしかった。


(もう、トーマスはかなり丸くなったよ。タミにあれだけやられても、むしろ楽しそうなんだから)


「あ? 知らねぇ、そんなの」

「もう彼は大丈夫だろう? さっさと追い出すべきだよ」

「まだそんなこと言ってんのか!?」


 トーマスは、表情を険しくした。


「……根拠はない。だけど、何か嫌な予感がする。胸騒ぎがするんだ、これは死者からの警告だ。俺は……守りたいんだ。二人を、店を!」

「マシュー」


 神妙な面持ちでそう語るマシューを、私はそっと抱き締めた。


「母さん?」

「あんたをこう抱くのは、子供の頃以来かね。薬嫌いのあんたを安心させて飲ませようとして、結果駄目だったのを思い出すよ」

「……それは、ごめん。でも、嫌いな物は嫌いなんだ」

「でも、今のあんたはその時より厄介だよ」

「え?」

「子供を守るのも仲間を守るのも店を守るのも……私らの役目だよ。あんたが、そんなに気負ったりする必要はないんだよ。私は私らのやり方で、今度こそ守る。また店しか残らなかったら……私らは苦しいよ」


 タミが現れたことで、ずっととまっていた時計の針が再び時を刻み始めた。店を守る為に、タミを見放すなんてことは出来ない。彼が、この国に一人で来たことを知っている。それを何気なく言った時の彼の表情は、どこか寂しそうだった。きっと、孤独を感じているのだろう。

 ここがその孤独を少しでも癒せて、居場所になっているのだとしたら、私達がそれを奪ってはいけない。新たな居場所を見つけて、落ち着くまでは……。


「そう……か。はぁ、やっぱりそう言うと思った。どうか、この胸騒ぎが気のせいでありますように……ってね。二人には本当に長生きして貰いたい。俺のせいで、今までいっぱい苦労させたから。その……」

「馬鹿が、子供に苦労させられねぇ親なんていねぇ。十分だ、十分過ぎるくらいだ」

「父さん……んっ!」


 トーマスは、その髪の感触を確かめるように思いっ切り頭を撫でた。目からは大粒の涙が流れていた。


「懐かしいな……二人に初めて料理を作った時に褒められて以来だ、ううぅ……」


 それに誘発されたのか、マシューはついに堪え切れなくなったように大粒の涙を流し始めた。溢れるように零れ落ち、その涙は私の肩を濡らした。

 

「父さん……あの日はごめん。俺、どうかしてた。謝れなかったこと、ずっと後悔してた。本当に……」


 マシューは、横にいるトーマスにその顔を向けた。


「俺の方こそすまなかった。お前の気持ちも考えず……情けねぇよ。もしも、あの時――」

「父さんは悪くないんだ。母さんだって。悪かったのは俺だ、信じきれなかった俺が……本当にごめん」

「違っ……あ、あんた! 体が……」


 突如、マシューの体が輝き始めた。そして、小さな光の粒がマシューを纏い始める。何が起こっているのか、すぐに分かった。もう、時間切れなのだと。

 まだ、話すことは数え切れないくらいあるというのに。


「あぁ……そうか、もう時間か。元々、こうやって触れ合うことも話すことも出来なかったんだ。それよりは随分マシさ。もうすぐ夜が明ける。苦しい時間は長いのに、楽しい時間はあっという間だね。父さん、母さん……俺のことで気に病んだりしないでいいからね。俺は幸せだった、やっとそのことに気付けたよ」


 その言葉の最中にも、どんどんマシューの体は光に覆われ、姿が薄くなっていく。


「まだ、話したりねぇよ! 十何年分だぞ! これだけの時間じゃ……足りねぇよ。わがままかもしれねぇけど……もっと……!」


 トーマスも、私と同じようにマシューを抱き締めようとした。しかし、彼の腕はマシューの体をすり抜けた。

 そう、今の私は空気を抱き締めているのと同じだ。だが、まだ温もりだけは感じていられた。だから、まだそこにマシューの肉体があるかのようにしていただけなのだ。


「そんな長話は、父さん達が俺の所に来てからにしよう」

「うぅぅ……くそっ! 百歳まで生きるつもりだから、しばらく会えねぇじゃねぇか!」

「馬鹿は長生きするって言うからねぇ。馬鹿が長生きしたら、馬鹿やるだろう? だったら、私も一緒に生きないとねぇ。あんたの所に逝く時には、かなりの話を携えることになっちまうねぇ」

「ずっと待ってるよ……絶対に百歳以上生きてよ」


 この短時間でマシューの体の温もりすらも感じられなくなり、彼の姿は目を凝らしてもほとんど見えなくなっていた。


「フフ、ありがとう……愛してくれて。俺も、父さんと母さんを愛してる」


 マシューは微笑んだ。それが、最後にマシューを認識出来た瞬間だった。彼の気配が消え光の粒が弾けて、天に向かうように上に飛んでいく。やがて、それさえも見えなくなった。私達は、それを最後まで見届けた。


「ありがとうって……それを言いたいのはこっちだよ、ねぇ? あんた」

「あぁ。そうだな……色々成長させて貰ったからな。はぁ……」


 光の粒が完全に消えた時、周囲の光の空間もなくなった。いつも通りのマシューの部屋があった。壁にもたれかかっているピーターに、床でペンダントを握りながら眠っているタミ。


(守るさ。今度こそ。仲間も店も、あんたの分まで)


 そう、心に誓った。マシューの感じた胸騒ぎを吹き飛ばす為に。

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