願いに奇跡を
―マシューの部屋 夜中―
「はっ!」
我に返ると、部屋はいつも通りになっていた。まるで、さっきまでの出来事が嘘のように。僕の意思で体も動かせるし、だるさももうなかった。そして、いつの間にか体を縛っていた縄は解かれていた。
「お疲れ様……でした……」
僕が目覚めたのを確認したのか、息を切らし壁にもたれかかりながらピーターさんは僕に話しかけた。
「あ、いえ……ピーターさんも。あの、凄い疲れているようですが……」
「凄い魔力を消費するんです。それに、あまり使い慣れたものではないですから。不慣れな中やったもので……タミさんは、あれだけのことをされたのに元気ですね」
「そう……ですかね?」
魔力を使い果たし、さらに魔力を抑え込む場所に置かれていたというのに僕の体はそんなに疲れていない。今までのだるさで、耐性でもついてしまったのだろうか。
「大したものですね……嗚呼、もう少しで夜が明ける。それまで、私は寝ます……」
それだけ言うと、彼は目を瞑り一言も発さなくなってしまった。周囲を見ると、トーマスさんもデボラさんも寝息を立てて眠っている。起きているのは、僕だけのようだった。
(まだ……やらなくてはいけないことがある。けど……僕では出来ない!)
僕の心の中に、マシューさんの思いが少しだけ残っていた。もっと話したい、もっと一緒にいたい……それを残して彼はいなくなってしまった。
それが、僕の心残りになってモヤモヤと漂う。何かしたい、何かをしなければ……そんな思いを抱いても僕にはどうすることも出来ない。
(死者をもう一度この場で、一時的に蘇らせる奇跡の魔法……でも、霊感もなければ死が近くもない僕には出来ない魔法だ。くそ! 僕はどうしてこんなにも役立たずなんだ!)
一番頼りになりそうな人はぐっすりと眠ってしまっているし、多分魔力もほぼ使い果たしている。後はトーマスさん達だが、魔法をあまり使いこなせない二人に頼むのは馬鹿みたいな話である。
頼れそうな人を探しに行くのもいいかもしれないが、もうそんなに時間はない。夜明けと彼の魂が待ってはくれない。それに、彼の魂はもうほとんど消えているだろう。
(今しかない! 今しかないのに!)
「僕は……何も出来ないのかっ! くそっ!」
かつて、妹達が僕の為に実の母上をその魔法を使って蘇らせてくれた。しかし、その魔法を使える人物は限られると言う。だから、僕には出来ない。よくよく考えれば何が必要で、どんな呪文を唱えるべきなのかも知らない。そんな情けなさと不甲斐なさのあまり、自然と涙が零れ落ちた。
そんな時だった、首からかけていたペンダントが突然開いて音楽を鳴らし始めたのは。
「え……?」
優しいオルゴールの音色、それに交じって懐かしい歌声が聞こえてきた気がした。歌声は勝手に僕が感じた幻聴なのかもしれない。けれど、目の前で起こっていることは幻覚などではなかった。
それに、僕は何か不思議な力を感じ、そしてすがるように祈った。
「嗚呼、小鳥……奇跡を……起こしてくれ。力を貸してくれ……お願いだ」
そして、願いと僅かな力を託すようにペンダントを手で包み込んだ。
『承知致しました……巽様』
「え……!? っあぅ!」
その優しく温かい声が聞こえたのと同時、真っ白な光がペンダントから発せられ、息する間もなく部屋を飲み込んでいった。




