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僕は僕の影武者~亡失の復讐者編~  作者: みなみ 陽
第十一章 失われた思い出と新たな思い出
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マシューの追憶

―マシュー 自室 夜中―

 とても、穏やかな気持ちだった。穢れが落とされていくような気持ち良さ。それを感じながら思い出す。あの日の選択の過ちを。

 どうして忘れていたのか……考えれば考えるほど情けなくなった。


 全ての過ちは、とある宝石屋に寄ったことから始まった。まだ十八だった俺には不釣り合いな場所だったかもしれない。けれど、どうしても行きたい理由があった。

 それは、父さんと母さんの結婚記念日だったから。昔からよくお祝いをしていた。豪華なものではなかったけれど、いつか自分も二人に何か素晴らしい物をプレゼントしたいと思っていた。コツコツとお小遣いを貯めて、ようやく高価な物も買える――そう思っていた。


 が、現実は残酷だった。未成年の金銭感覚と成人の金銭感覚はまるで違う。高過ぎたのだ。場違いだし、とてもたいそうな物は買えない……諦めて店を出ようとした時、白髪の男に声をかけられた。


「何か欲しい物があったんじゃないのかい?」


 優しい笑顔を見せて、自然とこちらに安心感を与える。人の感情を操るのが上手い男だった。


「あるけど……アハハ、買えなくて」

「自分へのご褒美? それとも彼女へのプレゼントとか?」

「そんなんじゃないです、その……親の結婚記念日を祝いたかったんですけど……全部高くて」

「ふ~ん、なるほど。お兄さん感激しちゃったよ! その親を思う気持ちに! よし、いい物を見せてあげよう!」

「え?」

「実はこの店、お兄さんの物なんだ!」


 奴は、俺を店の奥へと案内した。ここで逃げれば良かった。引き返せば良かったのに、俺はついて行ってしまったのだ。そして、奥には言葉では言い表せないような美しい宝石が沢山並べられていた。


「VIP専用って奴さ。どれか好きな物を選んでご覧。タダであげるから」


 甘い甘い言葉だった。ハチミツよりも、ケーキよりも甘い。依存性のあって、最も恐ろしい言葉だ。


「あの、どうして……ここまで。こんなに高そうな物……」


 ただ、若過ぎた俺には目の前にいる男が神のように見えていた。これが罠であることも知らずに。


「言ったでしょ。感動したんだって、親への愛に! ほらほら、選んで選んで!」


 そして、俺は戸惑いながらも結局、二つの色違いのブレスレットを選んだ。紫っぽい物を母さんに、黒っぽい物を父さんにと直感で選んだ。


「いいねぇ。ほら、試しにつけてご覧よ」

「え?」

「いいからいいから!」

「は、はい……」


 言われるがまま、圧に負けて俺はそれを恐る恐る腕にはめた。


「っ、あぁ……ぁ……」


 はめた瞬間、心の奥底から何かどす黒いものが湧き上がってくるのを感じた。俺は底知れぬ力を感じて、その場から動けなくなってしまった。そして、男はそんな俺の耳元で囁いた。


「知ってるよ、君はカラスでしょ、自分もカラスなんだ」

「違う……」


 ぼんやりとする意識の中、疑問を投げかけた。朦朧とする中でも否定したのは、昔からの癖だった。両親から厳しく言われてきたことだったから、体に染みついていたのだろうと思う。


「同族だからね、どれだけ隠そうとも匂いで分かるさ。あれ、君は気付いてなかった? おかしいなぁ、周りにカラスがいれば見分け方くらい分かるだろうに。あ、もしかして……親がカラスじゃない、とか?」

「っ!」


 俺の愛している親は、実の親じゃない。幼い頃から、それを知っていた。特別それをどうとか思ったことはない。けれど、本当の親のことを知ってみたい……そう思ったことはあった。

 でも、それを心の奥底に追いやって誤魔化してきた。なのに、そのブレスレットをつけた瞬間にその追いやってきた感情が沸々と蘇ってきたのだ。さらに、それにあいつの言葉がその思いを激しくした。



 今思えば、あの店を眺めていた昔から俺は目をつけられていたのだろう。逃げ場などなかった。あの日からずっと、あの男の言葉が全て正しく思えてその通りに行動した。あいつの組織にも入った、全ての真実を知りたくて。


 それからずっと、ずっと後悔していた。出会わなければ、騙されなければ、信じなければ……過去を振り返ってもどうしようもなかった。だから、俺は最も恐れた死を選んだ。俺の為に、全てを犠牲にする両親の姿を見たくなかったから。俺の望んでいたことは、そんなものじゃなかったから。



 嗚呼、あんなくだらないことの為に時間を使ってる場合じゃなかった。もっと、父さんと母さんと話がしたかった。でも、もう時間がない。

 もしも、奇跡が起こるなら、起こせたなら――少しだけでもいい、父さん達と最期の時を過ごしたかった。謝りたかった、感謝の気持ちを伝えたかった。プレゼントを渡したかった。

 

 でも、もう何もかも――手遅れだ。

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