第一住人
―コットニー地区 夕方―
『カラスの一族は、鳥族からも人間からも疎まれる存在である。その為、彼らが住むとなれば鳥族であるか否かを、簡単には見抜けない人間側の世界になる。彼らの中には、人間界で成功を収めている者がいると噂されているが、それは妬みでその成功者を貶めようとする者が流した噂であるかもしれない。だが、彼らは非常に頭が良く、また好奇心が旺盛である。我々と仲違いする前は、王の側近など重役に就く者は多かったとか。故に、その噂を否定する根拠は、存在しない。人間として馴染むことは、彼らにとって容易いことであるかもしれない。彼らが、人間界で成功するのは必然的であるという考えも私にはある。しかし、我々でも成功出来る人間が一握りであるように、また彼らの中で成功出来るのも一握りだ。事実、私は見た。正体を暴かれ、居場所を奪われ、全てを失ったカラスを。そんなカラスが私の住む場所に来たのは、今でもよく覚えている。正体を隠す力すら失い、すぐに息絶えた哀れなカラスを。治安も悪く、王からも見放されたコットニー地区。だからこそ、そのカラスはここにすがったのかもしれない。当時、私は取材の為に危険を冒し、ここに住んでいたが――」
僕はとある本の文章を思い出しながら、その王から見放されたコットニー地区を歩いていた。
(ひっそりとしてる……何というか不気味だ)
この時間帯なら、人が少しくらい歩いていてもいいはずなのに、誰もいない。ここは廃墟なのではないかと思ってしまうほどだ。その静けさは安らぎではなくて、何とも言えない気味の悪さを与えた。
(カラスどころか、人もいないような……)
白っぽい煉瓦で出来た街並みを歩くのは、僕ただ一人。それとも、ここら辺はあまり人が集まるような場所ではないのだろうか。もう少し、奥にまで行く必要があるのかもしれない。
(匂いはあるんだよね。微かだけど……でも、ここにあるのは残り香。本体の人間達はどこへ? ん?)
匂いを強く感じる場所を探す為、ただひたすらに歩き続けていると、突然背後に気配を感じた。
僕の感覚は、獣の能力を持つ彼と融合したお陰で人並み優れている。あの頃ほどではないものの、それぞれの匂いを嗅ぎ分けたり、僅かな音でどこに何がいるかとか見抜けるようにはなっていた。
(流石にカラスとかはまで分からないな……そもそも、鳥族と人間の匂いに違いとかないし。ただ、誰かが僕をつけているのは確かだ。人数は……一人か。今までには嗅いだことのない匂いだし、まったく知らない人みたいだ)
感覚を集中させながら、僕はその人物を特定していく。
(ここの住人だろうか? それとも、また新たな監視? だとすれば……厄介だな。でも、そうだとしたらあの時に駆けつけるよね)
赤髪の少女を、睡眠薬で眠らせ木の上に放置した。その様子を見ていたとするのなら、その時に来ないのはおかしい。それに、ここに入って来て少ししてから突然現れた匂いだ。
やはり、ここの住人が僕を不審がってつけて来ていると考えるのが正しいかもしれない。
(……第一住人にお話しを伺ってみようか)
僕は立ち止まる。すると、ゆっくりと近付いて来ていた僅かな足音も聞こえなくなる。僕をつけているのは、間違いないようだ。
(嗚呼、城で鍛錬頑張ってて良かった。それと、彼の力もあって……良かった)
「つけてるのは分かってます。折角なら、僕にこの地区を案内してはくれませんか?」




