必要な物を
―レストラン 昼―
憂鬱な気持ちを抱えたままではあったが、歩く気力は少しずつ出てきたのでとりあえず階段を下った。
(レストランをしてるんだっけ……僕のせいでずっと閉店してるんだ。申し訳ない……情けない)
本来であれば、賑わいに溢れているであろう場所。今はひっそりとしている。お客さんの談笑も、美味しそうな料理の香りもしない。僕が全てを奪ったのだ。
(僕がここにいるからだ……迷惑をかけているからだ。僕みたいな存在が……生きてるから……)
そんな苦しさを感じながら、僕は厨房の方へと向かった。この先に、何故か厨房があると知っていた。このコンクリートの無機質で人が二人通るのは少し苦しそうな道を通って、僕はそこに向かった。
(厨房には、僕の心を満たしてくれる物があるんだ)
少し進むと、厨房に辿り着いた。今までに比べると使われていないこともあってか、置いてある物達が寂しそうに見えた。僕がここに来なければ、ここではトーマスさん達がずっとここで料理をしていたというのに。
(あの赤髪の子がこんな所に飛ばさなければ……僕は……)
僕みたいな存在そのものが迷惑な奴は、あのままあそこで苦しんでいた方がマシだった。
(でも、来てしまったのものはもうどうしようもない。なら、僕が去ればいい……二人を心配させないように)
二人に迷惑をかけないように去る為に必要な物は、ここにある。ここにしかない。僕は、それがどこにあるかを知っている。いや、知っているというより勘に近いのかもしれない。ここにあると勘が訴えてきている。
僕はそれに従って、足早に戸棚のある場所に向かった。
(ここにある……)
僕はしゃがんで、そこを開いた。少し独特な臭いが漂ってくる。
「あった……変ワッテナイ……ん?」
(あれ? 今、僕なんて言ったんだ?)
たった今言ったことなのに、すっかり忘れてしまった。モヤモヤとした気持ちが芽生えたが、首を横に振ってそれを消した。
(まぁいいか。あったんだし)
戸棚につけてあった包丁差しから、僕は包丁を一本取り出した。それを、僕は目の前に持ってきて眺める。
「フフ……」
とても綺麗に輝いている、トーマスさんは余程大切に使っているみたいだ。手入れもばっちりで、まるで新品のようだった。それを僕なんかの分際で汚してしまうのは申し訳ないが、これからのことも考えるとそれをすることの方が二人の為になる。
「ごめん……なさい」
これを使うタイミングは、もう少し後だ。今じゃない。この神聖な場所で、神聖な器具を汚すのは避けたい。神聖な場所だけは汚さないようにする。そして、またここで二人が笑顔を提供出来るようにする。それには、僕が邪魔だ。
「行くか」
僕は戸棚を閉めて立ち上がり、厨房を急いで後にした。そして、魔法で包丁を消した。これで隠しながら所有することが出来る。
(さてと、夜になるまで二階で寝ていよう……)
無機質な道を抜け、住居のある二階へと向かう為階段を上ろうとした時だった。今度は階段で、デボラさんと鉢合わせた。
「おや? いつの間に一階にいたんだい?」
二階から降りてきたデボラさんは、一階にいた僕を見て不思議そうに首を傾げた。
「ちょっと体の運動を……」
「あぁ、そうかい? 確かに寝てばっかりじゃ、逆に体に毒だからねぇ」
「はい、でも……もう疲れたので寝ます」
実際、体はかなり重い。やることはやったので、もう休みたかった。
「確かに顔色が悪いもんねぇ。うん、しっかり休みな」
デボラさんは優しく微笑み、また僕の体調を労わってくれた。こんな僕の為に。




