そんな気分になれない
―階段 昼―
「――うあぁぁっ!」
「うおっ!?」
前方からの衝撃を感じた瞬間に、僕は目を覚ました。
「びっくりしたぜ……急に現れるなよ。てか、もう大丈夫なのか?」
「え? えぇ? えぇぇ……?」
ベットで眠っていたはずが、いつの間にか階段にいた。しかも、僕はトーマスさんの胸に飛び込んでいる状態で片足は宙に浮いている。いまいちその状況が飲み込めず、最初は混乱した。
「どうした? そんなに困った顔してよ。大丈夫かと思ったが、よく見りゃかなり顔色が悪いな。段々悪化してねぇか? 無理すんなよ……」
トーマスさんが、僕をしっかりと抱えたまま顔を覗き込む。
「え? あぁ……大丈夫です。すみません」
温もりを感じて、自然と安心出来た。お陰で冷静になって、色々自分の置かれている状況を思い出した。
(意外と寝れて、夢を見ていた……その夢にマシューさんが出てた。あれは、もしかしたらマシューさんが僕に……)
「いやいや、絶対大丈夫じゃなさそうなんだがなぁ。う~ん……病気的なあれじゃねぇのか? 熱ねぇしな……」
彼は唸りながら、何かを考える素振りを見せた。
「あ、そうか!」
「え?」
「気分的なあれかもしれねぇな! ずっと中にいるからアレなんだな! うん、たまには外に出るのも大事だよな! 一応動けるみたいだしな」
「外……?」
「おう!」
(そんな気分じゃないんだけどな……)
窓から外を見ると、太陽の眩しさで憂鬱な気持ちになる。部屋の外に出るのが嫌になる。僕には眩し過ぎる。部屋に籠っている方が気が楽でいい。
「ストレスって奴がそう溜まってるんだろ。もういっそ、存分に楽しんだ方がいい気がするな! よし、任せとけ!」
「楽しむ? 僕はそんな……」
遊ぶような気分でも、楽しむような余裕もないと伝える前に、彼は一目散に階段を下った。突然、支えになっていたものが消えてしまったせいで体勢を崩しかけたが、近くに手すりがあったので助かった。
「外で楽しむ……そんなの……無理だ」
下に向かう気力も、上に向かう気力すらなくなって僕はその場に座り込んだ。階段の中間地点に座り、ただ下を眺めた。
(嗚呼……この程度の高さじゃ、怪我もしないな。そもそも、死ねないしね……あぁ)
何故だろう、生きる希望が自分の中から消えていく感じがした。
(僕は、これから先どうやって生きていけばいいんだろう……)
「うぅぅ……」
体が重くてだるい、そんな状態で僕はどうしてここまで来れたのか。さらに、ここに居座っていることでますます重くなっていく気がする。気分が落ち込み、今生きていることに苦しさを覚える。生きていることへの窒息感と圧迫感、申し訳なさと恥ずかしさ。
そんな感情が自分の中に入り込んでくる感覚、無性に悲しくなってきた。勝手に涙が溢れてきて、とまらなくなる。
「うぅぅぅぅ……」
「殺シテヤル……」
そうはっきりと男性の声、夢の中で聞いたマシューさんの声が聞こえた瞬間、耳鳴りと氷のような冷たさを感じて――。




