もしも、僕だったら
―レストラン二階 朝―
「――僕と……マシューさんはそんなに似ていますか?」
僕と息子のマシューさんは、血の繋がりも種族も何もかも違う別人だ。そんな彼との唯一の接点は、僕と同じ禁忌の技術を使われたという点だけ。もしかしたら、そこに無意識の内にデボラさんは繋がりを覚えたのかもしれない。
でなければ、十八年過ごした大切な息子に似ているなど早々言わない気がする。もしくは、あまり言いたくはないが記憶が薄れてしまったことでそう感じたのかもしれない。
「似てるさ、雰囲気とかはかなり違うけどね。びっくりしたよ、呼吸がとまるかと思ったさ。ハハハ」
デボラさんは、懐かしそうに目を細めて笑った。
(出会った時のことも、それからのことも覚えてないから分からない。そんなリアクションをされたのだろうか?)
彼女の話を聞いても、僕の記憶は蘇らなかった。彼女達の名前は話の中で出てきたから知った話で、もしなかったら未だに分からなかっただろう。
「僕に似てるってことは、僕の国に近い所に住んでいるはずの鳥族だったんですかね……」
「かもしれないねぇ。あの子の母親のことは、結局何も分からずじまいだったから分からないんだよ」
「そうですか……」
きっと、マシューさんは相当不安だっただろう。自分の素性が分からないこと、自分が鳥族の中でも疎まれ恐れられているカラスであること、料理一筋な人達がそれをやめてまで自分の面倒を見てくれていること……彼が追い詰められてしまうのも分かる。
だから、すがってはいけない者の甘言に惑わされてしまったのだと思う。でなければ、あんな恐ろしい術を体に組み込まれたりはしない。僕と同じ、信じる者を間違えてしまった人だ。
「ずっとね、後悔してるんだよ。あの時、あの時って……ね。もしも、あの子に会えるなら色々謝りたいんだ。分かってあげられなくて、追い詰めてごめんって……」
「そ……」
そんなのいらないんじゃないかって、それを聞いて思った。けれど、それ以上先を言う度胸がなかった。
もしも、僕が彼と全く同じ立場だったとしたら、死ねる体だったのだとしたら、同じことをしたかもしれない。
禁忌の技術を組み込まれた体では人間らしく生きることも出来ない。鳥族として生きるにしても、カラス以外は全て敵になる。加えて、全てを受け入れてくれる人にかなりの迷惑をかけてしまったとしたら……これから先の未来に希望が見えない。あるのは、圧倒的な絶望だけ。苦しみだけ。
(彼の気持ちも分かる気がする……)
「あぁ、長々と重苦しい話をして悪かったね。少しだけ楽になったよ。さて……おや? タミ。全然スープ飲んでないじゃないか。冷めてるだろう? 貸してごらん。温めてあげるから」
「え、あ……ありがとうございます」
スープを渡されていたのを忘れていた。いや、あんな話を聞きながらスープなんて飲める訳がない。味を楽しめる訳がない。
「レンジでチンだ。便利な機械が出来てくれて本当に助かるよ。フフ」
デボラさんは微笑むと立ち上がり、僕から受け取ったスープを持って部屋から出て行った。
「こ……す」
ドアがギーッと閉まる瞬間、それに交じって声が聞こえた気がした。ただ、それを気にすることの出来る気分ではなく、すぐに忘れてしまった。




