息子との出会いⅦ
―デボラ 数十年前―
しばらくして、マシューは目覚めた。ベットの上で視線だけをこちらに向けて、どこか気まずそうな表情を浮かべていた。
「母さん……父さん……」
眠らされる前とは違って、かなり落ち着いている様子だった。私達のこと、そして自分のことも認識出来ているようだった。私達が恐れていた最悪の事態は起こっていなかった、この時は。
「良かった……あんたが無事で」
行方をくらましていた間、一体何があったのか……それを聞こうとは思わなかった。マシューがマシューとして、私達の前にいる。それだけで十分だった。その喜びで、心配していたこと全て吹き飛んでいったのだ。
「怒らないの?」
「怒るってなんでだ?」
それは、トーマスも同じだったようだ。
「だって、俺は……俺は……っ!」
その問いかけに応えようとした時に突然、落ち着いていたはずのマシューの様子がおかしくなった。体が小刻みに震えて、目が泳ぎ始める。寝転がったまま、頭を抱えて痛みに悶えるようだ。
このままでは絶対にいけない、そう思った瞬間に体が勝手に動いた。
「落ち着きなさい、マシュー! 大丈夫、大丈夫よ!」
頭に置かれていた手を無理矢理を引っ剥がして、私の手で包み込んだ。その手は恐ろしく冷たくて、こちらまで冷えてしまう感覚だった。
「あ、ぁぁぁ゛……」
焦点の定まらぬ目で、私より向こうを見ている。いや、見てもいない。ただ目が開いているから、必然的に見ているような感じになっているだけだ。
今、マシューの中で何が起こっているのだろうか。傍から見ているだけでは、何も分からない。
「大丈夫、大丈夫だから……私達がいるから」
「しゃきっとしろ! 何に怯えてんだよ! 心配しなくても、俺が守ってやるからよ!」
トーマスは遠くから大声でそう言った。声は明るいが、振り返って一度見てみるとかなり泣きそうな表情になっていた。ただ私みたいにする勇気がないから、遠くから声を張り上げているのだろう。
「死ニタクナイ……死ニタクナイ……嫌ダ……!」
しかし、私達の行為も虚しくマシューの様子はますますおかしくなっていった。私の手を振り払い、ベットの上から転げ落ちた。
「ウ゛ウ゛ウ゛ッ゛!」
私達は呆然とする他なかった。その間にマシューは足を床に何度も叩きつけ、狂ったように叫び続ける。
「っ! マシュー!」
「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」
ふと我に返った私達は、床で子供が駄々をこねるように暴れるマシューを何とか二人がかりで押さえつけた。老いた私達では、若者一人を押さえつけるのも苦しかった。
その後、数時間してマシューは元に戻った。その時の記憶はあるようで、冷静になって深く落ち込んでいた。「どうしてあんな風になってしまうのかは、自分にも分からない。ただ暴れたい衝動に駆られ、そうすることが正しいように思えて仕方がない。体が言うことを聞かないし、体の言うことを聞かされている感じがする」と、そう言った。
そして、こんな生活は毎日続いた。一日に何度も暴れるマシュー、その頻度は増していった。私達は暴れるマシューをとめることに専念する為、店をしばらく閉めた。
それでも、マシューのいない生活に比べたらマシだった。今まで、手をほとんどかけられていない分だと思えば、辛くも苦しくもなかった。彼が生きている――それだけで十分だった。




