息子との出会いⅥ
―デボラ 数十年前―
それから、私達は貸して貰った本にすぐに目を通した。
「こーんな歴史ある感じの本に、なんてーかおとぎ話みたいなことが並べてあると思うとびっくりだぜ」
「でも、しっかりとした重みのある内容だよ。とても、幻想やデタラメを並べた文章とも思えないし。ちゃんとした医学書って感じだね」
私はかなり色あせた本のページを見ながら、マシューの症例に当てはまる内容を理解しようとしていた。
しかし、ピーターが貸してくれた本とあってかなり内容は難しい。専門用語的な物も沢山あるし、やたら難しい言い回しもある。それでも、何となく飲み込めた。
幼い頃に両親が熱心に言葉を教えてくれなければ、何となく飲み込むことも出来なかっただろう。トーマスは、あまり文字を読むのが得意ではない。私が理解しなければならないのだ。
「――龍の魂を取り出し、さらにそれを獣の魂と融合させ新たなる魂を生み出す。それを対象者の魂に結びつける。意識を生み出させない程度にすることで、対象者を意のままにコントロールするという許されざる禁忌の技術である。しかし、これもまた龍の魔力は人間の許容範囲を超えるものであり身体に異常が現れる。これは必ず目に現れる……と、ここまで読んだけど分かるかい?」
「あぁ、ピーターが言ってたな」
トーマスは一度、大きく頷いた。料理以外はまるでダメな彼に、本当に理解出来ているのかと私は懐疑心を抱いた。
(本当に大丈夫なのかね? まぁいいか……)
難し過ぎる言葉や謎の専門用語は私なりに変換したり、略したりして伝えた。間違っていたら申し訳ないが、とりあえずニュアンスで伝わればいい。まずはそこからだ。
「――この術をかけられてしまうと、魂の分解を行わなければならない。それが成功する確率は腕にも寄るが、数%程度だ。龍の影響を受け、ストレスや負の感情をエネルギーとする為、対象者にはなるべくリラックス出来る環境を提供するのが望ましい。過度なストレスなどは、症状の悪化をもたらす。この症例の場合、自我の崩壊が、さ、最悪のケースである……回復は……見込めない」
最後の文章があまりにも衝撃的過ぎて、声が震えた。
(自我の崩壊!? もし、それが起こったらマシューはどうなるの!?)
あくまで推測だが……それが起こると、マシューはマシューでなくなってしまうということだろうか。マシューの形をしただけの存在になってしまうのか、その形すら残らないのか。どちらにしても、最悪だ。
「……なぁ、もし、もう自我の崩壊が起こっていたとしたら……どうする?」
「それは……」
彼の顔は真っ青だった。その反応のお陰で、ちゃんと伝わっているのだと分かった。
真っ青になってしまうのも分かる。眠らされる前のマシューは、明らかに狂っていた。完全に崩壊しているるまでではないものの、もし徐々に壊れていっているのだとしたら――。
「俺のせい……だよな。あいつが家に帰って来なくなる前、俺があいつを傷付けた。クソ……クソッ!」
彼は床を何度も踏みつけた。床に穴が空いてしまうのではないか、と思うくらいの勢いと強さで。
「確かに、あんたの一言がマシューを傷付けたかもしれない。でも、それだけじゃないと思うんだよ。もっと私らの気付かない所で、何かあったんじゃないかって。だってさ、マシューは知ってただろう? あんたのこだわりは尋常じゃないって。なのに、あんな発言をした……それに、あの時のマシューの様子はおかしかった。何か別の大きな理由が、きっかけになっているんじゃないかと思うんだよ」
「どうして……気付いてやれなかったんだ。どうして俺は……こんな……」
目の前で震える彼は、今にも消えてなくなってしまいそうなくらい弱々しかった。本当は、私よりもずっと不安だったのだろう。でも、不器用だから意地を張った。誤魔化すように、料理に精を出した。
だが、もう流石に限界と言った所か。私は、こんなトーマスを見たくはない。
「あんたの責任じゃないよ。私にだってある。気付いてやれなかったんだから。今でも分からないよ、どこでSOSを出していたのか。でも、今は過去を後悔しても遅いんだよ。私は……マシューが生きている限り、あの子の面倒を見続ける。それが、今すべきことだよ」
最悪なことを考えても仕方がない。これからのことを、少しでも明るく考える。そうすることで、もしかしたら奇跡は起こるかもしれない、と淡い期待を寄せて。




