息子との出会いⅤ
―デボラ 数十年前―
混乱しつつも、私はすぐにピーターに電話をかけた。その時に、マシューのおかしな所を全て伝えた。すると、彼は警備の目を盗んで自らの危険も顧みず、雀の姿になって二階の窓から飛び込んできた。
そして、彼は人間の姿になるとこちらには目もくれず、様子がおかしいマシューの診察を始めた。詳しく調べようとすると、発狂しながら暴れてしまうので彼はマシューを魔法を使って眠らせた。
「……強い精神的ストレスを感じたことで、酷く取り乱していると考えるのが妥当かと思います。この全身の傷は……殴られたことで出来た物でしょう。診た所、骨にヒビが入っていました」
「そんな……マシューに何があったんだい!?」
「これだけでは、何とも。しかしまぁ、何か良からぬことが関わっているのは間違いないでしょうね」
久しぶりに顔が見れたと思ったら、何やら物騒なことに巻き込まれボロボロになって帰って来るなんて。あんなに取り乱したマシューを初めて見たし、恐怖すら覚えた。
「ピーター……こいつの目の色が変わってるのはどうしてだ。髪色も元に戻して……オシャレに目覚めたって訳じゃねぇよな?」
トーマスは、不安を隠し切れない様子だ。
「えぇ、まさかとは思いましたが……間違いなく、彼の瞳の色は青から赤に変化しています。それはオシャレによるものではありません、魔術です」
彼は、マシューの目を専用のライトのような物で照らしながら言った。
「魔術……? そんな魔術があるのかい?」
「えぇ、正確には魔術を使ったことによる副作用と言った方が正しいかもしれませんね。その魔術は不完全、必ず目に異変が現れるのです。それ故に、過去は人為的に起こされる病気として扱われていました。まさか、今も残っているとは。完全に過去のものだと思っていました」
彼はライトを消すと、一冊の本を手から出した。
「おめぇ、そんな魔法まで使いこなせるのか」
「魔法や魔術を使う国では基礎ですからね」
「いいねぇ。私は落ちこぼれだし、トーマスは魔法のない国から来た移民だからね……難しいよ。憧れさ」
私は、生まれつき異常に魔力が少ないらしい。その為、ちっとも魔法などは使えない。この国ではそうなってしまうと、必然的に落ちこぼれる。
「現在では生まれた頃に処置をすることで、先天的な魔力異常は治せるのですが……成長し大人になった後から治す方法は未だに見つかっていません。見つかれば、デボラさんも――」
「い~じゃねぇか、別に魔法がなくたって人は生きてけるんだからよ。現に、俺らは生きてる訳だしよ。で、その本はなんだ?」
重かった空気がさらに重くなりかけていた時、トーマスがそれを割って入って阻止した。こういう時の空気は多少読めるのに、料理をし始めるとまるで駄目だ。
「あぁ、これは人為的に作られた病気をまとめた物です。と言っても、大半は中世から近世にかけた魔術が大幅に発展した――」
「そういう話は分かんねぇから! 簡単に言ってくれよ!」
「あ……はい」
一瞬、かなり彼は悲しそうな顔をしたが、すぐにいつもの落ち着いた表情になって口を開いた。
「要するに、昔の人為的な病気が載ってる本です」
「最初からそう言えよ」
「すみません。つい……」
「で、そのかなり昔の病気にマシューはどうしてなってるんだい!?」
「知識のある人物が、その魔術を行うのに必要な材料を得たとしか……でも、不可能なんですよ。本来」
彼は眉間にしわを寄せ、本のページを開いて目線を落とす。
「目に症状が出るものが、ここにまとめられています。そして、そのいずれもが……龍を必要としているのです」
「はぁ!? 龍ってあの龍か!?」
トーマスがこんな反応をするのも分かる。だって、龍はとっくに滅びた存在として扱われているのだ。そもそも、存在していたのかすら分からない。大体の人はおとぎ話のように捉えている。
「そうですよ。そんなに驚かなくても……全く、この世界の人達は自分の目で見たものでなければ全て否定、結果おとぎ話に……」
生真面目で冗談を言わないピーターが、真顔でそう述べる。彼に言われると、全て真実のように思えてくる。
「っと……流石にここに滞在し続けるのはマズイですね。見周りの人がわざわざ透視ゴーグルで調べてますし。そろそろ、こちらの方にも見回りが来る時間です」
何かを感じ取ったのか、彼はやや呆れ混じりに言った。
「透視ゴーグルって何だい!?」
「建物の中に誰がいるかをシルエットだけですが、判別出来る装置ですよ。王の命令とは言え……狂気すら感じますよ。あぁ、こういうことを言っていたというのは内密にお願いしますね。不敬罪で殺されてしまいますし。では、こちらの本をお貸ししますので、事実をしっかりと受けとめて下さい。では」
そして、私に本を手渡すと雀の姿になって窓から飛び出して行った。




