息子との出会いⅣ
―デボラ 数十年前―
違和感を感じて数ヶ月後、事態はますます悪化していった。
(今日も帰って来ないつもりなのかい? マシュー……)
ついに、マシューは家に帰って来なくなった。さらには、学校にも行っていないらしい。どこにいるのかさえも掴めないまま、ただ悪戯に日々が過ぎていく。
こんな時に隣でわざとらしくいびきをかいて寝たフリをしている旦那は、意地を張って探しに行こうともしない。
(どこで何をしてるんだい……)
私は、寝たふりをすることも出来ない。お陰でかなり寝不足だ。本当は探しに行きたいけれど、夜の外出はコットニー地区の物騒な奴らがうろついていて危険だからと禁止されている。出歩いているのが見つかれば逮捕だ。そうなれば、元も子もない。
明るい間しか探す余裕はないが、意地を張るトーマスがそれを許さない。一人で店を切り盛りするのは不可能だし、店を開ける限りは私がいなければならない。
(生きているのかい? まさか、どっかで野垂れ死んでるなんてことはないだろうね? そんなの駄目だ……ちゃんと生きて帰ってくるんだよ)
ベットに寝転がったまま目を瞑り、胸の前で腕を組み心の中でそう祈った。いつでもいい、ひょいと元気に現れてくれればいい。
鳥族との争いは、まだ終わっていない。一体何がどうなっているのか、ほとんど分からない状況のまま日々が過ぎる。それでも、私は幸せだった。家族がいたから。経営が赤字でも、その幸せだけで頑張れた。なのに、今はそれがない。
(神様……)
そんな時だった。ギーッとドアの開く音が聞こえたのは。突然のことに恐怖を覚え、体が動かなかった。
もしかしたら、ついにうちにも泥棒か危険な奴らが来たのかもしれない。そうとしか考えられず、目を開く勇気すらなかった。
隣の大いびき馬鹿は、自分のいびきのせいで音に気付かなかったようだ。まだ呑気にいびきなんてかいているのだから。
(殺される……?)
何となくそう思った。ひっそりと忍び寄るように近付く足音、こちらに気配を悟られないようにしている。普通はこんなこともしないし、そもそも入って来ることはないだろう。つまり、今から私達は――殺される。
(どうにかしないと。でも、どうすれば? 一応それなりの鍵は使っているんだよ? それを突破して来たってことは、それなりの腕がある。私達に太刀打ち出来るのか? この落ちこぼれに……)
そんなことを考えている間にも、足音はこちらに迫っていた。足音がとまった時が終わり、それまでに勇気を出す必要があるのに体は硬直したまま。
(っ!)
目を開くことすら出来ぬまま、ついに耳元でその足音がとまった。
(もう駄目……)
「……出来ない、出来ない! こんなの! 俺には出来ない……あ、あぁ゛ぁ゛あ゛!」
何かが床に落ちて、金属音が響いた。それと同時に聞こえたのは、ずっと待ちわびていた愛する者の苦しむ声だった。
「「マシュー!?」」
その声で緊張は解け、あんなに動かなかった体は嘘のように飛び上がった。それは、隣の馬鹿も同じのようだった。
すると、目に入ったのはベットのすぐ横で崩れ落ち涙を流すマシューだった。そのマシューの目の前には、窓から差し込む月明かりに照らされる鋭利なナイフがあった。
「殺される……殺したくない。嘘でも家族……無理無理無理無理無理! カラスの栄華を……幸せじゃなくなる」
酷く混乱した様子で、脈絡のない言葉を発し続けていた。
「どうしたんだい!? えぇ!?」
暗がりの中、改めてマシューをよく見て最後に見た様子とかなり違うことに気が付いて驚愕した。
真っ黒に戻された髪、酷くやせ細った体、傷だらけの体、真っ赤な瞳……何もかも変わってしまっていたのだ。
「マシュー……何があったんだ!? その目は、その体はどうした!? 何で髪を元に戻してんだ!?」
「あ、あぁぁ……あぁあああ……!」
私達の問いかけに、マシューは狂ったように叫び続けるだけだった。




