息子との出会いⅢ
―デボラ 数十年前―
私達は、赤子にマシューと名付けて可愛がった。子供のいる生活は想像以上に大変で、一日が二十四時間では足りないと感じるほど忙しかった。
しかし、そんな苦労も吹き飛ばすほどマシューは愛おしかった。実の子供ではない。けれど、大切な子供であることには変わりなかったからだ。
「ただいま~」
「お帰り、マシュー」
「珍しく遅ぇじゃねぇか」
「学校で色々やってて……さ」
そんな忙しい生活を続けていると、時が経つのはあっという間だった。気が付けば、マシューは十八歳。カラスとしての才か人知れず努力をしていたのかは分からないが、マシューはタレンタム・マギア大学へトップで特別学科に入学した。
そんなマシューは、とっくに自分と私達の間に血の繋がりがないことを知っている。幼い頃に全ての真実を伝えたからだ。
マシューは鳥族のカラスの血を引く者だということ、それを周囲に悟られないようにする為に黒髪を染める必要があること、実母は亡くなり実父は不明であること、実母が必死の思いで私達に生まれたばかりのマシューを託したのだということを。
その事実を知っても、マシューは反抗したり拒絶したり悲しんだり怒ったりはしなかった。何事もなかったかのように、私達を親として見てくれている。
「ね~母さん、聞いてよ。なんかよく分からない学校の行事の代表に選ばれちゃったんだよ。面倒臭いよ。俺は、こんなことしてる場合じゃないってのにさ」
学校から帰って来たばかりのマシューは、厨房に入って来るなり不満を漏らした。奥で野菜を切っていたトーマスの腕がとまる。
「そんなこと言っちゃいけないよ。ちゃんと理由があって、選ばれたんだから。自信持って胸張って、堂々やってくりゃいいのさ。何が嫌なんだい」
「……忙しいんだって、楽しく祭りなんかに出てる場合じゃないよ。は~」
不満を隠し切れない様子で、マシューは近くにあった椅子に荒々しく座った。
「おい、ここは不満を漏らす場所じゃねぇぞ」
「でも、ここ以外に家族で話せる場所なんてないじゃないか。どうせ、夜中まで営業するんだから。ちょっとくらいいいじゃん、俺の話を聞いてくれてもさ。可愛い可愛い子供だよ?」
「うるせぇ、料理の邪魔だ。味が落ちる」
トーマスは料理する環境、素材、器具にとことんこだわる。ここはトーマスにとっての神聖なる場所で、ネガティブな発言はご法度。
そんなことは、長い間一緒に住んでいるマシューも知っているはずだ。自分の納得行くものでなければ、すぐに機嫌が悪くなってしまう面倒臭い男であることは。
「はいはい、そうですかそうですか。それはそれは、大変失礼致しました~チッ」
マシューは目の前にあった机を一度強く叩くと、大きな舌打ちをして立ち上がった。そして、そのまま厨房からわざとらしく足音を立てて出て行った。
「どうしたのかねぇ? 普段だったらあんなこと言わないのに。学校で何かあったのかねぇ……」
小さくなった後姿を見ながら、私は違和感を感じていた。追いかけようと思ったのだが、あんなに興奮しているマシューを初めて見たことで動揺し足が動かなかった。
「チッ。知らねぇ、ったく滅入るぜ」
「はぁ? あんたは反省しなさい。言い方ってもんがあるだろう。全く!」
遅めの反抗期が突然来たのかもしれない、そう呑気に私は捉えていた。
知らぬ間に、大切な子供の変化に鈍感になってしまっていた。もしも、この時ちゃんと向き合っていれば……情けなくてマシューの母親に顔向けが出来ない。
間違いなくこの日から、歯車が狂い始めていた。それに気付いたのは、全て終わった後だったけれど。




